生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「で、用件は何かしら?」

 一通りティータイムが進んだところで、ヴィオレッタは改めてリーリエに尋ねた。
 リーリエは本日2杯目の紅茶にミルクをたっぷり足してくるくる混ぜながら優雅に微笑み、

「商談と売り込み、と言ったところでしょうか?」

 と来訪目的を告げた。

「……商談と売り込み?」

 ヴィオレッタは怪訝そうに聞き返す。
 そんなヴィオレッタに小さく頷いたリーリエは、静かに尋ねる。

「その前に、ひとつ確認なのですけれど、ヴィオレッタ様は、フィリクス殿下を恋愛的な意味で好いていると解釈していてよろしいですか? 奴の一方通行ではなく」

 じゃないと売りつけたあと非常に後味悪いしとリーリエはミルクティーをコクンと喉に流す。
 ヴィオレッタは複雑そうな顔をして、そしてため息をつく。多分、何を言ってもこの翡翠色の瞳に嘘は通じない。誤魔化せないのなら、せめて誠実であろうとヴィオレッタは腹を括る。

「違うわ。私が一方的にお慕いしているの。彼が好きなのはあなたよ、ってなんて顔してるのよ!」

 リーリエは眉間に皺を寄せ、心底残念なものでも見るような表情でこれみよがしにため息をつく。
 冗談でも勘弁して欲しい、と全面で主張するリーリエに、

「何よ! フィリクス様はとっても素敵な方なのよ!! 実はダメなフリしているだけで、状況はしっかり把握しているし、愛情深くて寂しがり屋なところも可愛いし、それに、とってもお優しいし」

 とヴィオレッタはフィリクスの好きなところを前のめり気味にあげていく。

「好きよ! 大好きよ!! だからこうして身を引こうと」

「アレと私の間には1ミリたりとも愛とかそれに類する感情はなく、私にとってアレは推しでもなければ、鑑賞対象ですらない。ただの監視対象ですよ。お互いに」

 ヴィオレッタの告白に待ったをかけたリーリエは自分とフィリクスの関係を正しく訂正する。

「あなた、さっきからフィリクス殿下のことを奴とかアレとかとても失礼だわ!」

「隣国に嫁いだ元婚約者を当て馬にしようとする方が失礼だと思いますけど」

 可愛い子は怒っても可愛いなぁとヴィオレッタを愛でながら、リーリエはしれっと事実を述べる。

「当て馬?」

「そう、当て馬。そして殿下の最愛はヴィオレッタ様です」

 事態が飲み込めず聞き返すヴィオレッタの言葉を頷きながら肯定したリーリエは、だから身を引かれると非常に困るのですと付け足す。

「私が見てきた限りですが、今回は本気のようなので、当て馬は遠慮させていただきますが、変わりに商談を持って参りました」

 リーリエはヴィオレッタに資料を差し出す。

「未来の公爵夫人の座にご興味はありませんか?」

 そう言ってリーリエは淑女らしく笑った。
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