生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

113.生贄姫は最終日を迎える。

 まだ眠たいと起きなくてはの間で葛藤していた意識がはっきりし、リーリエはゆっくり目を開ける。
 隣で寝ているテオドールを見て、イケメンは寝顔すら美しいのかとかなりうらやましい気持ちになりつつ、テオドールを起こさないように静かにその顔を見つめた。
 初めて寝顔を見たのが別れる日の朝なんて、運がいいのか悪いのかと苦笑してもう見ることがないかもしれないと、リーリエはその光景を眺める。
 起こさないようにそっとベッドを後にしようとしたがそれは叶わず、ベッドを出るより早く引きずり戻された。

「おはようございます、テオ様」

「…ん、はよ」

 若干寝ぼけた様子でぎゅっと抱きしめてくるテオドールに、私の最推しがかわいいんだがどうしてくれようかっとときめくリーリエは、時計に目をやって現実に引き戻される。

「テオ様、そろそろ」

「リィ、体平気か?」

 時間ですよと言おうとして、心配そうな声がそう尋ねてくる。

「……思っていたより、ずっと大丈夫でした」

 まぁ正直違和感はあるけども、昨日の出来事が夢ではないのだと分かる痛みを嬉しいとすら感じるのだから大丈夫だろう。

「無理、してないか?」

「ふふ、心配性ですね」

「……仕方ないだろ。惚れた相手を抱いたの初めてなんだよ」

 そう言ってリーリエを抱きしめる腕に少し力を込める。

「……気持ちのあるなしで、こんな違うなんて思ってなかったんだ。んで、今日離婚とかなんの苦行だよ」

 こんなの知ったら余計離したくないだろうがと、ぼやくテオドールに、

「ふふっ、それはそれは。嫌がらせをしに来た甲斐がありました」

 リーリエはそう言って笑うと、時間ですよと優しく告げ、リーリエは身支度を整えにベッドを後にした。



 玄関ホールにはすでに身支度を整えたテオドールがリーリエを待っていた。
 いつも通り一分の隙もなくかっこいいその姿に見惚れ、そして今日で見納めかと思うとリーリエは急に泣きたくなった。
 階段を一段一段アルカナに来てからの日々を噛みしめるように降りていく。
 結婚した日のこと。
 夜会でダンスを踊った日のこと。
 初めて名前を呼ばれた日のこと。
 第二騎士団や屋敷の働き方改革を話し合った日のこと。
 沢山怒られた日のこと。
 想いを告げられた日のこと。
 デートをした日のこと。
 全部が全部、穏やかな一日ではなかったかもしれない。
 それでも、テオドールと過ごした日々は、リーリエが望む毎日で、幸せだった。

「本邸に寄る暇なくて悪いな」

「お別れは昨日済ませてますし、荷物の手配も済んでますから」

 ここを出て、王城で最終手続きを済ませたら、あとはこの国を去るだけだ。
 もう、カナン王国からの迎えも来ているだろう。

「リィ」

 テオドールは青と金の眼でリーリエの翡翠色の瞳を真っ直ぐ見る。

「俺は、必ずこの国で上にいく。誰にも何も言わせないくらい力を手にして、リィのこと迎えに行くから、待っていてくれないか?」

 女の子なら誰もがときめいてしまうようなシチュエーションで、最愛の人から約束を請われる。
 これが物語のヒロインだったなら、きっと涙を浮かべて頷くのだろう。そんなことを考えながら、リーリエはテオドールを見上げ、

「絶対、嫌です♡」

 文句がつけられないほど完璧な笑顔を浮かべて、全力で拒否した。
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