生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

114.生贄姫は決別する。

 ーー3年後。

 目まぐるしいほど忙しい日々の中、リーリエは21歳の夏を迎えた。
 久しぶりに踏んだ隣国の地は湿気もなくからりと晴れていて、頬を撫でる風が気持ちよかった。

「お久しぶりでございます、陛下。この度は皇子(みこ)さまの誕生、おめでとうございます」

 リーリエは久しぶりに会ったルイスに淑女らしく礼をしてそう述べる。

「ありがとう、生まれたの半年も前だけどなって、リリはまた護衛もつけずにふらっと遊びに来たの?」

 今回は個人的で非公式な訪問なので、目立たないようにこっそり来たのだが、心配症のルイスはそう言って苦言を呈す。

「まぁ、いいじゃないですか。ルゥと王弟殿下が頑張ってるおかげで今は両国とも治安も関係もいいですし、それこそ私の放浪癖なんて今更でしょ?」

 聞く耳を持たない幼馴染にハイハイとため息をついて、リーリエからのプレゼントを受け取る。

「今、一番名高い魔術師の魔術式が入ってる一点ものの特注のおもちゃとかすごい贅沢だな」

 離縁後、自国に戻ったリーリエは宮廷魔術師として就職し、次々と斬新な発想の魔術式と魔道具、研究成果を発表し、リーリエ・アシュレイの名を世に刻んだ。
 彼女の描く魔術式は、魔力の高さを絶対としていた基準をひっくり返し、平民の生活レベルを随分引き上げていった。
 同時に職を失って、あぶれる人がでないように教育の推進と新たな雇用の確保にも尽力していった彼女の功績は隣国にも響いている。
 そんなリーリエを見て、彼女をかつての生贄姫と結びつける者はもういない。

「ふふっ。今回の新作はとっても自信があるの! アンジェリカお姉様が夜泣きで大変っておっしゃってたから、赤ちゃんに快適な睡眠を促す脳科学の分野で解析されたリズムパターンを組み込んだオルゴール内蔵なのですよ」

 ドヤっと自慢気に語るリーリエは他にも持ってきた便利アイテムをルイスに献上し、使い方のマニュアルを渡した。

「それはアンジュが喜ぶわ。あとでアンジュとチビにも顔見せてやって。リリが来たのに会えなかったらめちゃくちゃ拗ねるから」

「ふふっ、私もアンジェリカお姉様に会いたいわ。もちろん、王子さまにも」

 2年前、即位と同時にルイスは許嫁だった正妃を娶った。
 ルートビヒ王国の剣姫と名高いアンジェリカとルイスは前世のゲームの公式カップルでリーリエの推しなので、二人並んだ姿を見たら思わず拝みたくなるほど神々しく、リーリエはニヤニヤが止まらない。もちろん、淑女らしく表情には出さないが。

「結婚式も見たかったなぁ。アンジェリカお姉様のウェディングドレス姿、絵姿でも神々しいもの」

「招待したのに来なかったのリリだろ」

「ごめんね、ちょうどフィールドワークで長期不在だったから」

 半分本当で半分嘘だった。
 招待状を受け取った時、真っ先に浮かんだのはルイス達ではなく黒髪の彼の姿で、一瞬でも視界に入れる事も彼の視界に入ることも耐えられそうになくて、代理を立てて欠席を選んだ。
 そんなリーリエの心情を察してか、ルイスはその件に何も言わなかったが、後でお祝いを持って会いに行った時にアンジェリカにめちゃくちゃ絡まれたのは今となってはいい思い出だ。
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