生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……旦那さまのことを信頼していないとか、そういう事ではないのです」

 ただ、臆病なだけなのだ。
 大嫌いな自分をさらけ出して、テオドールに背を向けられたらと。
 こんな時なのに、リーリエは何故か元婚約者の顔を思い出す。
 テオドールと比べることすら失礼でしかないのに、元婚約者から向けられ続けてきた態度が、言葉が思い出されて身がすくむ。
 テオドールに心配されて、自分は傷ついていたのかとリーリエは初めて気が付いた。

「リーリエのスキルは、魔法補助系ではなく攻撃能力系か?」

 答えなくても構わないがと付け足してテオドールが尋ねる。

「攻撃能力系の場合、発動条件がそろっているにも拘らず無理に抑え続けると暴発する。これは俺の予想だが、リーリエは今その状態なんじゃないのか?」

 スキルを発動するためには体内の魔力を魔素に変換することが必要だ。
 発動条件がそろっている場合、本人の意思によらず魔力は勝手に変換され魔素が蓄積されていく。
 通常スキル持ちの者は魔素を消費するため日常的にスキル使用を行うことが多く、体内に溜め込まないよう努めている。
 仮に魔素が蓄積されていたとしても、大抵は体調がすぐれない程度のことが多く、スキルを発動し魔素を発散させれば体に影響はない。
 だが、攻撃能力系でそのスキルレベルが高い場合は、話が異なる。
 魔素は身体を蝕み、体内の魔力を食い荒らし、寿命を縮める。
 意図的に体内に蓄積させ暴発寸前の状態で、普通の日常を送るなど正気の沙汰ではない。

「ご明察です、旦那さま。まさか、一回で見抜かれるとは思いませんでした」

 冷や汗が出るほど体調が悪くなっているリーリエは、自身を抱きしめるようにうずくまり、そうつぶやく。

「いっそスキルを発現させてしまえば」

「嫌です。絶対、嫌」

 爪が食い込むほどに両腕を強く握っているリーリエは、かたくなに拒否の姿勢を崩さない。

「呆れるでしょう? でも、私はたとえ寿命を引き換えにしても、このスキルを発現させたくないのです」

 リスクなら、7つの時から嫌というほど背負い込んでいる。
 怖いのだ。
 自分が自分でなくなってしまうことも、誰かを傷つけずにはいられないこの力も。

「もう一つ、魔素を効率的に消費する方法がある」

 テオドールはため息をついて、リーリエの頭を軽くポンポンと叩く。
 リーリエほど賢い人間が、リスクを背負い込んででもかたくななまでに拒否するのだ。
 そこにある理由を聞きだす必要はないだろうと結論付けたテオドールは、リーリエの顔面に自身の愛刀を差し出す。

「殺す気で俺にかかってこい」

 攻撃能力系スキル持ちが魔素を消費する方法は2つ。
 スキル発動か、戦闘により魔素を消費しきるまで動き続けるか。
 リーリエがスキル発動せずに今まで生きてきたというのなら、答えは後者しかない。

「きっちり返り討ちにしてやるから」

 そして後者を選択するならば、相手役は絶対に倒れるわけにはいかない。
 途中でやめることは、スキルの暴発を誘発し、両者の死に直結するからだ。
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