生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「結論から言います。今回の夢魔被害、おそらく人為的に引き起こされたものでしょう。ルゥの置き土産、結果は黒ですが、残念ながら制圧するには証拠が足らない。今の状況で引っ張ってもトカゲの尻尾きりで終わりでしょうね」

 リーリエは机上に積み上げられた資料の束から報告書を取り出し、テオドールに差し出す。

「ここ数年アルカナ、特に王都付近の魔獣の発生時期と邪気の発生周期がおかしいのです。もっと言うなら、陛下が病に伏される前後あたりから、本来の生息域を外れて発見された魔獣が多数討伐されています」

 魔獣の被害にあった地区並びに被害状況を地図に落としたものをリーリエは手渡す。

「この地区、被害を受けたことで多額の助成金が流れています。おそらく、報告されている以上に。国庫の収支データが合わないのです。そして、この管轄全部が第2皇子派の貴族が治めている領地になります」

「わざわざ、自分の領地が被害を受けるように仕向けたと?」

 リーリエはため息をついてうなずく。

「被害にあった地区の討伐、全部当時の第一騎士団が受け持っているのですよ。人命救助、という名目で。被害発生から派遣、制圧までの時間が早すぎる。それによって武功を立て、取り立てられたのが今の上層部の方たちのようですね」

「そんなことが、可能なのか? 人為的に魔獣を管理するなど」

 魔獣は本来人が人為的に操作、誘導することなどできない。
 彼らはこの世界における天災だ。

「その時期に魔術省から上がっている様々な魔術に関する実験データの記載です。これらはおそらくすべて偽物。反証実験も含めて値が綺麗すぎるのです。本当は何を使って、何を実験していたのでしょうね?」

 考えたくはない。
 だが、その実験には心当たりがある。

「私が急にスキルの暴発を起こしかけた理由。その答えがこれです」

 トン、っとリーリエは厳重に結界を張った箱をテオドールの前に置き、魔法陣の書かれている黒い手袋を着用しそっと蓋を開放する。

「これにうっかり素手で触れてしまったせいで、私の魔力は全部持っていかれてしまったのです。もともと体内の魔力許容量が少ないので、魔素化するまで一瞬でしたね」

「これは、一体?」

「この魔法陣は、本来ここに、というよりもこの国にあっていいものではありません」

 そう、コレは本来なら起こらないはずのストーリー。

「だって、コレは……この魔法陣は、私が10年前に、カナンで確かに封印したはず……だから」

 10年前に確かに折ったはずのフラグ。
 それが別の国で、別の形で現れた。
 まるで、逃げる事など許さないとでも言うように。
 リーリエの耳に破滅までのカウントダウンが聞こえた気がした。
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