生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「コーヒーはブラック、紅茶はストレート派だ。銘柄に拘りはない」

「ええっと……旦那さま?」

 テオドールから発せられた予想外の言葉に、きょとんとなったリーリエは一瞬ためらい、首を傾げる。

「聞いたのはお前だろう」

 椅子に座ったテオドールは、諦めたような声音でそう吐き出す。
 どうやら先程の質問の答えが返ってきたらしいと認識し、リーリエはクスリと笑う。

「毒入り疑惑が晴れたようで良かったです。その鑑定書が本物か分からないだろうが! くらい言われるかと思っておりました」

「わざわざ食事を銀食器に移し替えて毒がない事を示しているのに、か?」

 毒が有れば変色するよう銀食器を使用する事がある。ただし、この国の王城では料理が映えるよう白の陶器製の食器を使用していることが多い。
 宮仕の魔術師が食べる直前に貴人の目の前で浄化魔法をかけるので毒殺の心配がないためだ。

「私、浄化魔法は使えませんし、旦那さまからの信頼も信用も全くないでしょうから」

「言い合うだけ時間の無駄だと判断したまでだ。そもそも毒の対策ぐらいしている」

 テオドールは当たり前のようにそういうと自分でコーヒーを注ぎ一口飲んだ。

「旦那さま! 私が」

「給仕の真似事も必要ない。それより座れ。用件は手短に」

 テオドールは変わらず眉間に皺を寄せているし、リーリエの真意を探るような視線のままだが、どうやら同席を許されたらしいとリーリエは理解する。
 促されたリーリエは素直に席に着く。

「食事が1人分しか用意されていないが?」

「正直な話、初日から旦那さまに同席を許可していただけるとは微塵も思っておりませんでした」

 朝食を共にと言っていたはずなのに一人分しか置かれていない食事。
 当然の疑問にリーリエは少しばつが悪そうに肩をすくめる。

「立場をわきまえつつ、使用人なら一言二言だけでも旦那さまと言葉が交わせるのではないかと。そうしてみたくて、押しかけてしまいました。食事自体はお屋敷の料理人が作ったものですから、美味しいと思います。どうぞ遠慮なく召し上がってください」

 言葉が交わせたので今日の目標は達成ですと満足そうなリーリエ。
 そこに嘘は感じられない。
 初日の挨拶とは違う彼女の様子にこちらが本来の彼女の姿なのだろうとテオドールは考える。
 だが、テオドールはどうにも居心地の悪さを覚えてしまう。

「……もとはお前に用意されていたものだ。俺のことは気にせず食え」

『悪意なく自分のためだけに食事が用意された』というこの状況が。

「私が飢えてしまわないか、とご心配くださるのですか? 旦那さまは本当にお優しいですね」

「そんなことは一言も言っていない」

「では私が勝手にそう思っておきますね!」

 テオドールの眉間のしわが深くなる。
 それでもリーリエは楽しそうに笑う。
 何がそんなにおかしいのかと訝しまずにはいられない。
 普通なら、不快感を示しておかしくはないだろうにとテオドールは思う。
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