生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、そちらの食事はやはり旦那さまがお召し上がりください」

 不快感どころか同席を許されたと解釈し内心歓喜しているリーリエはテーブルに持参してきたバスケットを取り出す。

「自分の食事は持参していますので、お言葉に甘えてご一緒させていただきますね。ただ、その……笑わないでくださいね?」

 そう前置きして、少し恥ずかしそうにバスケットから中身を取り出した。
 置かれたものは歪な何かだった。焦げは目立つし、切り口はボロボロ。ハムとチーズらしきものが挟まれているところを見るにおそらくホットサンドになりそびれたそれは、テオドールの目の前に置かれた朝食と比べると食事と呼んでいいものか判断に迷う。

「それは……?」

「えっと……料理自体は久しぶりなもので。時間もなかったですし、お部屋だと限界が……。あ、でも味は大丈夫なはずなのです」

 細められていた眼が僅かに驚きの色を帯び信じられないものを見たとばかりに見開かれる。青と金の宝石のようなその目を見ながら、これならばいっそのこと笑ってくれたほうがましだったかもしれないとリーリエは思う。
 7つの頃から様々な分野で能力を磨いてきたが、料理の才だけは得られなかった。

「公爵令嬢が……自分で料理、だと?」

  だがテオドールの驚きは作られたそれ自体よりも、リーリエの行動そのものに向けられていたらしい。
 通常貴族の子女は使用人の真似事はしないし、ましてや料理などするはずもない。
 磨くべきは己の身で、身につけるべき教養に料理は存在しない。

「これを料理と呼ぶのは烏滸がましい自覚はあるのですが、大抵のことは自分でできます。旦那さまとおそろいですね」

 だからこそ、この国に来る際自国から使用人の一人すら連れてくることが許されなかったこともリーリエにとってはさしたる問題ではなかった。
 父は最後まで抗議していたらしいが、リーリエとしてはむしろ一人で送り込んでくれたほうが気兼ねなくてありがたかった。

「さて、これで食事の問題は解決ですし、朝食にしましょうか? 旦那さまの出勤時刻も迫っていますしね」

 料理の出来をこれ以上言及されるのは避けたかったリーリエは、自分用にミルクたっぷりのカフェオレを作るといただきましょうとテオドールを促し、話題は強引に終了させた。
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