生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「期限は?」

「悪夢が消えるまでに」

「承知した」

 ため息交じりに了承の意を伝えたテオドールを見て、ルイスは相好を崩す。

「……テオ、お前本気でリリに惚れてんのな」

 こんなに扱いやすいテオドールを今まで見たことがないと、面白そうに笑うその姿は全権代理者として責を負う王太子の姿ではなく、一人の弟を思う兄の姿で。

「良きかな、良きかな。いい感じに掌で転がされてやんの」

 揶揄い交じりに吐かれるその言葉には優しい響きが混じっていた。

「うるさい」

「あ、否定はしない感じ? じゃあ早いとこリリの機嫌取ってやんなよ」

 くくっと喉を鳴らして破顔するルイスにいつもの威厳はなく、年齢相応の青年がそこにいた。

「カフェオレ、目の前で淹れてやれば? それで機嫌直るはずだから」

「はぁ? そんなことで」

「そんなこと、なんだよ。リリが欲しいものは」

 笑うことをやめたルイスは、急に真面目な面持ちでテオドールの方を見る。

「リリはさ、自分の好意は垂れ流しで人たらしのくせに、他人からの好意は素直に受け取らない。愛情がないわけではないのに、その好意の中に”恋慕の情”だけが存在しない。誰に対しても執着せず、いともたやすく手を離す」

 現に今、テオドールの手を離そうとしているように。

「リリが意識的にそうしているのか、それとも無意識なのかそれは俺にも分からない。でも、俺にはそうすることでリリが辛うじて精神的にバランスを保っているように見える」

 リーリエは他人の色恋感情や他人の男女の機微には決して疎くない。
 だが、自分の場合だけがキレイに除かれ、思いを馳せることさえしない。
 まるで、そうしてはいけないと確固たるルールを科しているかのように。

「今のままじゃ、お前がどれだけリリを想っても、リリが応える日は来ないよ」

 ただしそれは”今”の話。
 もし、それでも将来的に可能性があるというのなら、やはりテオドールなのだろうとルイスは思う。
 ”後悔”などとリーリエが口にしたのを長い付き合いの中で初めて聞いた。

「俺たちのような”個”を優先することが許されない人間が、”それでも欲しい”と我を通すなら、それ相応の責務を果たす必要がある」

 そうでなければ、国の運営などあっという間綻び始める。

「テオドール、俺の側近になれ。俺を主とし、国のための剣に成れ」

 リーリエが保つそのバランスを崩す気なら、隣に置きたいと願うなら、それだけの力と覚悟がいる。
 その気概もないのなら、今のうちにあきらめた方がいい。

「期間は3年。自力で上がってこい」

 リーリエがそう決めた以上、それまでにできなければ、きっと永遠に手に入れることはできない。
 そこに情をかけることはできない。
 国を担うものとしても、テオドールの兄としても。

「俺が言えるのはここまでだよ」

 それでも見てみたいと思うのだ。
 政略結婚のその先で、二人が紡ぐ関係を。
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