記憶を失くした少女【完】
仕事休みの合間に顔を見せに来たり、夕方頃まで他愛もない話したり。
入院生活の間ほとんどの時間を凌馬さんと過ごした気がする。
「綺羅、行くぞ」
「うん」
退院の日には車で迎えに来てくれた。
担当のお医者さんからは日常生活に支障はないから普通に生活しても大丈夫だと言われた為、退院することが出来た。
入院する人達のいる棟の廊下を歩いていたとき感じる不愉快な視線。
それは、私に向けられる哀れみと嘲笑うかのような視線で、気分が悪い。
『聞いた?106号のあの高校生、記憶喪失なんだって』
『なんで、記憶失ったの?』
『あれでしょ?喧嘩に巻き込まれたって言う噂』
『違うって!薬物で障害起こしたんでしょ?』
『え?私は車に跳ねられたって聞いたけど』
私にまつわるたくさんの噂。
誰も本当のことは知らない。
私だって、最近知ったことだし。
どうやら私は歩道橋の階段の1番上から落ちたらしい。
その衝撃で記憶を失った。………………なんて、ベタな話だろう。
「気にするな」
凌馬さんは私を見てニコッと笑う。
それだけで不思議と心が安らぐ。
「別に気にしてないし。勝手に言いたかったら言わせればいい」
不愉快だけどいちいち構ってたらきりがない。
「………フッ。そこは変わらないんだな(笑)」
「何が?」
昔の私もこんなんだったの?
それはそれで何か嫌だな。
前の私の見た目も好きじゃない。
あの金髪もあのメイクも。
どちらかと言うと落ち着いた方が好き。
「またあのメイクすんの?」
「しないよ。面倒くさいし」
付けまつ毛も邪魔くさいし、カラコン入れるのも面倒くさく感じる。
そんな事をするぐらいなら長く寝ていたい。
そんな私の返事に凌馬さんは「前の姿もお前らしくてよかったけど、今のほうが俺的には好き」と言った。
理由を聞くと、顔が分かるからだそうだ。
ギャルメイクだと本当の顔が分からないんだって。
そんな事もない気がするけど、やり過ぎ注意ってことだね。