本日、結婚いたしましたが、偽装です。

そして佐藤は、ゆっくりと顔を上げる。


……ああ、そんなに目を真っ赤にするほど泣いて、きっと痛いだろうに…。


そっと、真っ赤になっている目の下を親指の腹でなぞった。


俺は、何故か胸が引き裂かれるような切ない気持ちになり、眉根を寄せた。


このまま、いつものように『それじゃあ、また明日』と言って別れることなんて出来ねえ。

どうすることも出来ないけれど、どうして佐藤を放っておけない俺は、ある事を閃くと口を開いた。


「佐藤、この後、いいか?」


涙で濡れている目の下を親指でなぞり続けながら訊くと、佐藤は意味が分からないというように小首を傾げる。


「へ…、いいか…って?」


「付き合って欲しいんだよ、俺と」


佐藤と食事でもするのはどうだろうと考えた俺は、懇願するかのようにそう言った。


てっきり断られるかと思ったが、佐藤は少しの間考えてから、頷いて、俺の初めての食事の誘いを受けてくれた。


それから、仕事の後片付けをして、更衣室で制服から私服に着替える佐藤を、壁に凭れて待った。


俺は、自分が佐藤を食事に誘った訳を考えていた。


涙の理由を聞き出そうと思ったから?


……いや、違う。


何故泣いているのかなもう気にしていない。


ただ、泣いている佐藤を放っておくことができなかった。


佐藤と食事をして、その分仕事以外の時間で長く一緒に居れると思ったから?


……そういう下心が無かったわけではないとはっきり言えない。


そうだ。


多分俺は、普段から佐藤を食事に誘える機会と口実を、探していたんだ。


放っておけないと思うのも、佐藤とただ長く一緒に居たいから……。


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