本日、結婚いたしましたが、偽装です。
最上階のワンフロアに一つしかない部屋の前にエレベーターが到着すると、俺はビジネスバッグのポケットから家の鍵を取り出す。
いつものようにドアの鍵穴に挿し回して開錠すると、ドアを開けた。
一歩脇によけてドアを押さえ、佐藤に先に入るよう目で促す。
「入れ」
俺は変わらず命令口調で言った。
初めからどこかおどおどして緊張気味の硬い表情の佐藤は、
「は、はい。お邪魔します」
と言って、頭をぺこりと下げてから俺を横切る。
その瞬間、仄かにふわりとシャンプーの香りのような匂いが佐藤からした。
それだけで、俺の鼓動は更に早鐘を打つ。
佐藤が玄関に入り、俺も続いて入ってからドアを閉めて後ろ手に鍵をかける。
佐藤は玄関を入って二、三歩進んだところで突っ立っていた。
どこか驚いたような表情で、まるで珍しいものを見るかのように玄関を見回している。
……どうしたんだ、佐藤?
「さっさと、上がれ」
俺は小首を傾げながら、そう促す。
佐藤はそう言ってもまだ、玄関の至る所を凝視していた。
俺は不思議に思いながら、佐藤を横切ると革靴を脱いでフローリングに上がる。
佐藤はまだ、目を見開いたまま視線を忙しなく辺りに張り巡らしていた。
だからどうして、そんなに見ているんだ?
……車から降りて部屋まで来たけれどやっぱり『帰りたい』と思っているのかと思ったけれど、それと違うようだし。
「佐藤。突っ立ってないで、来いよ」
そう急かすと、佐藤はおずおずというように靴を脱いでフローリングに上がった。
それから俺に一瞬背を向けてから身体の向きを斜めにして屈むと、靴を直した。
普段からやっていることなのか、自然な動きだった。
完全に俺の方に背を向けないようにして直すその所作が綺麗だった。
礼儀と行儀がバランスよく合わさっている佐藤の行動に、俺は畏敬の念を抱く。
早鐘を打っている心臓が、きゅっと締め付けられる。
……いい歳して俺は自分の靴も適当に脱いで直さないのに、佐藤はちゃんと直すんだなぁ。
そういえば普段から会社で見ていたけれど、佐藤は一つ一つの所作が綺麗なんだよな。
常に姿勢は真っ直ぐで、物やプリント紙一枚受け取る時も常に両手で受け取るし、渡す時も両手で渡すし、それからそれから……。
佐藤の普段の姿を思い出しているうちに、ますます心が熱くなる。
見習おう。
そう心に決めてからリビングに向かおうと歩き出すと、俺に続いて歩き始めた佐藤が不意に声をかけた。