本日、結婚いたしましたが、偽装です。
……ん?
佐藤の腹の中から、可愛い音が聞こえる。
家の中が静か過ぎたのか、その音は結構大きく響いた。
今はっきりと聞こえたのは、アレだよな?
空腹の時などに鳴る腹の虫の鳴き声だよな?
佐藤は、羞恥を感じているのか先ほどより頬を赤らめている。
……ったく、そんな可愛い顔すんなよ。
「腹減ってんじゃねーか」
俺は可愛さのあまり喉の奥で笑うと、頬を緩ませた。
「い、一週間くらい前から今まで、減ってなかったんです…けど、急に鳴り出したんです。本当に減っていなかったんですよ」
佐藤は蚊の鳴くような声で何故か言い訳をするように言うと、俺をちらりと見た。
……えっ?なんだって?
今、『一週間くらい前から今まで減ってなかった』って言ったか?
それはどういうことだよ……⁈
俺は目を見開くと、眉根をぎゅっと寄せた。
「はあ…⁈一週間前から⁈なんで一週間も、腹減らなかったんだよ?」
「なんでって、まあちょっと色々ありまして」
佐藤がどこか気まずそうな表情で、歯切れ悪く応える。
佐藤は普通に言ったけれど俺は一週間“も”腹が減らなかったという未聞なことが信じられなかった。
だけどちょうどそれくらいから佐藤がぼうぜんとし始めていたと気付くと、それ以上詰問することは出来なかった。
……そうだ、空腹を感じないほど、食べ物が喉を通らないほどの深刻な出来事や悩みがあるのかもしれない。
これで『何かあったのか』と佐藤に訊いたのは三度目だけど俺に言わないということはそれだけ、人に簡単には言えないものなんだろう。
たとえ、『上司』の俺にでも。
なら、無理に聞き出すことはもうしない。
……だけどそんなに深刻な事というのは、一体どういうものなんだ?
目の前で佐藤がそういうものに苛まされているのに何も出来ない無力な自分が歯痒かった。
何もすることも、出来ることも無い、ただの直属の上司だけでオフィスを出れば赤の他人という“ポジション”の自分が、煩わしかった。