本日、結婚いたしましたが、偽装です。


佐藤が住んでいるレモン色のアパートの前に車を止める。


「わざわざ、送ってくださりありがとうございます。おじやも、ご馳走さまでした」


佐藤は何度かそう言いながら頭を下げて、シートベルトを外す。


……これで、佐藤とは別れか。


ふと思うと、俺は突然衝動的なものに駆られた。


佐藤がバックを持ち直しドアを開けようとした時、無意識のうちに佐藤の右肩に左手が伸びる。


出て行こうとする佐藤の肩を、掴んだ。


帰したくはない、もう少し、もう少し一緒にいたい……っ。


瞳を大きく開いて視線を泳がせる佐藤を、真っ直ぐと見つめる。


それから柔らかそうな唇に目がいき、意識がそこに集中する。


……いつも見ているけど、ほんとこうして近くで見ても柔らかそうな唇だな。


「か、課長…?なんですか…?」


佐藤の小さな声でハッとして、佐藤の唇に引き寄せられていた意識が戻ってくる。


っ、俺は今、何を……。


慌てて佐藤の肩から手を離した。


「すまない。なんでもない」


俺は俯いて、低い声でそう言った。


心臓はバクバクと早鐘を打っている。


……危なかった、佐藤が声をかけなかったらキスをしてしまうところだった。


それをしたら、ダメだろ。


セクハラを通り越してわいせつ行為だ。


俺の勝手な気持ちの勢いに任せて、佐藤が嫌がることをしてはダメだ。


肩を掴んだだけでも、それだけでも佐藤にとって嫌悪するものかもしれないのに。


理性がすぐ怠けてしまう自分をなじり、睨め付ける。


……抑えなければならないと分かっているのに抑えられなくなるのは、こんな気持ちになるのは初めてだった。



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