一途な小説家の初恋独占契約
「大塚出版に言ったのは、あまりにもしつこいから、つい口が滑ってしまったんだ。それがいけなかったね。
事前にキミに言えば、きっとキミは止めるだろうと思った。こんなふうに誤解されてキミを傷つけたくなかったし、この条件がキミの負担になるのも避けたかった。
だから今朝、寺下氏に先に訊いたんだ。この条件を呑む気はあるかとね」

「検討する価値は、十分あると思っています」

寺下部長は、重々しく頷いた。

「ありがとう。……でも、僕は強引過ぎたようだ」

ジョーは、私の肩から手を離すと、しばし俯いた。

次に顔を上げたとき、彼の視線は真っ直ぐ寺下部長を向いていた。

「今朝聞いた話、受けます」
「ありがとうございます!」

パッと寺下部長の顔が輝く。

話についていけない私に向かって、寺下部長は珍しく興奮した面持ちで説明した。

「関西で、緊急サイン会を開催したいの。とにかく先生を一目見たいという要請がすごくて……それに、窪田さんの家のことも考えれば、東京を離れるのもいいかもしれないと思ったのよ」
「分かりました。出発は、明日でいいんですか?」
「汐璃はいいよ」
「え?」

当然、一緒に行くものと思った私を、ジョーが遮った。

「今まで付き合わせて悪かった。ちょうど土日だろ? ゆっくり休むといい」
「そんな!」

どうして急にそんなことを言い出すのだろう。

慌てる私に反して、ジョーは、チラともこちらを向かない。

その様子を見守っていた寺下部長が、判断を下した。

「編集部から、別の人間をまわすわ。窪田さん、今週はジョー先生についてくれてありがとう。営業部にも、ずいぶん負担をかけてしまったわね」
「そんな……」

早速、編集部の人を手配すると言って、寺下部長は部屋を出て行った。

私は、ジョーを縋るように見た。
そこにいたのは、いつも私に甘えてくるジョーではなく、凛とした作家のジョー・ラザフォードだった。
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