一途な小説家の初恋独占契約
「汐璃。キミの夢をないがしろにするつもりはなかったんだ。本当にごめん……ただ、僕は……僕は……」

中学生の頃のように、言葉を呑み込む姿に、堪らなくなる。

「何? 言ってよ!」

今のジョーなら、言葉はたくさん持っているはずだ。
もし、日本語で出なくても、私もあのときより英語が分かる。

「……僕は、キミに僕の夢を押し付けようとしてしまったんだね」
「……え」
「キミの夢が翻訳者だと知ってから、僕は作家になって、キミに翻訳してもらうのを夢見てた。……ずっと、夢見てたんだよ」
「ジョー……」
「汐璃が出版社に就職したと聞いて、嬉しかった。翻訳家になったのだと、勘違いしたからね。でも、キミは別の仕事をしていて……慌てて日本に来てみたものの、キミは自分の仕事に誇りを持って働いていた」

それで今、来日してくれたんだ……。

「だから、これは僕の独りよがりの夢。もうキミに押し付けるつもりはないよ。少し頭を冷やしてくる」

そう言うと、ジョーは部屋を出て行ってしまった。

……知らなかった。
ジョーが、そんなことを夢見ていただなんて。

あの江ノ島の夜、ジョーがした願い事は、これだったのかな……。

弾かれたように部屋を出ると、ジョーはまだすぐ傍にいた。
向かいには、寺下部長がいて、なぜかその隣には秋穂がいる。

「関西には、こちらの井口秋穂をつけますので」
「よろしくお願いします」

ジョーに頭を下げつつも、秋穂は私に向かって目配せした。

「よろしく。じゃあ、今日は僕はこれで失礼します」
「先生、この後のご予定は?」
「……清谷書房には申し訳ないが、他の出版社と会って来ます。こちらを優先させることに変わりないが、話くらいは聞こうと思って」
「そうですか。じゃあ、林さん、先生を下までお見送りして」
「はい」
「あ、私も……」
「汐璃はいいよ」

後に続こうとした私を、ジョーは一言で制する。
いつも真っ直ぐに見返してくれていた瞳は、私を映さない。
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