一途な小説家の初恋独占契約
一瞬ギョッとした秋穂が、サッと取り繕った笑顔を浮かべ、ジョーを連れ出した。

「……窪田さん、ちょっと」
「はい」

ジョーがいなくなった途端、表情を険しくした寺下部長に、先ほどまでいた会議室に呼ばれた。

扉を閉めると、立ったまま部長は話し始めた。

「さっきの契約の話だけど、あなたが訳文を出すなら、見るわ。先生が、あそこまで言うなら、見る価値はあると思ってる。才能を見逃すつもりはないからね」

「でも……私は、ジョーが期待するような文章が書けるわけじゃないんです」

「そうなの? でも、それを判断するのは、あなたじゃない。ジョー先生と、編集部の人間。
あなたのやる気がないなら、ジョー先生と再交渉しなきゃいけないわ。どちらにしろ、早く決めてちょうだい。うちは、一刻も早くジョー先生の本を出版したいの。分かるわね?」

「……はい。少しだけ、考えさせてもらえませんか」

「週明けに、もう一度話しましょう」

会議室を出ると一瞬、どこに行けば良いのか分からなくなってしまった。
この一週間、ジョーのことだけ考えていたのに、もうそれはしなくていいと本人から言われてしまったのだ。

……嫌われちゃったのかな。
そんなことをジョーが言ったわけじゃないけど、優しいジョーは、もし私に嫌気が差したとしても、そうとは言わない気がした。

「窪田さん」

編集部に戻りかけていた寺下部長が、廊下を戻って来た。

「あなたに、営業の仕事を辞めてもらいたいわけじゃないから」
「……はい」

戸惑いながらも、次の言葉を待つ。

「採用面接で私に会ったこと、覚えてる?」
「もちろんです。三次面接で、寺下部長に面接していただきました」

年齢も役職も、それまで会ってきた女性社員の中では、一際上に見えたから、よく覚えている。
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