一途な小説家の初恋独占契約
「あなたは、誰も知らない作家について、その作品がどんなに素晴らしいか語ってくれたわね」
「それ……ジョーが、私に書いてくれた手紙のことなんです」

気づいていたのか、寺下部長は微笑んだ。
いつも硬い部長の柔らかな表情に、驚く。

「まだ誰にも認められていない才能を滔々と語れるあなたに、私は可能性を感じたの。他者の評価に左右されず、自分で好きになれて、その魅力を自分の言葉で伝えられるのは、力よ」

「えっと……だったら、編集部に配属されていたのでは……?」

編集部だったら、新しい才能を発掘するのも大きな仕事だ。
今となっては、営業の仕事に魅力と誇りを感じているけれど、当時の私の第一希望は、編集部だった。

「だって、あなたのペンフレンドが、まさかジョー・ラザフォードだなんて思わないじゃない。あなたの評価が正しいか立証できないのに、編集にはやれないわ。でも、営業でなら、あなたの力がすぐに発揮できると思ったの」

確かに、まだ知られていない本の魅力を広めるのは、営業の仕事だ。

まだたった数ヶ月だけれど、今までやって来た仕事と、これからの仕事を認められたようで、嬉しさが募る。

また来週にと言い合って、今度こそ部長と別れた。

とりあえず営業部に戻ろうと、本分を思い出したところで、秋穂が帰ってきた。

「汐璃、どういうこと!? 説明してもらうからね!」

秋穂が乗ってきたばかりのエレベーターで、最上階に連れて行かれる。
ここは、資料室と打ち合わせスペースしかないフロアで、幸い誰もいないようだった。

隅の目立たない打ち合わせテーブルを陣取った秋穂に、今朝からのこと、それから翻訳家を目指していたことや、ジョーとのことを話す。

全て聞き終わった秋穂は、メガネを一旦外すと、両手を突き上げて伸びをした。
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