一途な小説家の初恋独占契約
営業部に戻り、溜まっていた仕事を何とか片づけると、私は予約していた会社近くのビジネスホテルに入った。

ホテルは、月曜日まで予約済みだ。
火曜日には、ジョーは帰国してしまうから、我が家もその頃には落ち着いているのではないかと踏んでいる。

今から月曜日の朝まで、ジョーのいない時間を翻訳に使えばいい。

そう決めたはずなのに、私には、まだ迷いが残っていた。

中学生の頃から夢見た翻訳家への道は、この四月にすっぱり諦めたばかりだった。
清谷書房に正社員として入社したからには、翻訳のことは忘れて、清谷の仕事だけに集中すると決めたからだ。

それから、まだ3ヶ月あまりしか経っていないのに、もう私は決意を翻してしまうの?
それは、無責任で、恥ずかしいことなんじゃないだろうか。

秋穂は、気にしなくていいと言ってくれた。
もし、私が秋穂の立場だったら、私も同じように言ったかもしれない。

でも、本当にこれでいいのかな……。

ベッドと小さなライティングデスクでだけいっぱいの小さなビジネスホテルの一室で、コンビニで買ったおにぎりをもそもそと食べながら、溜め息をつく。

私を迷わせている理由には、実家のこともあった。

父が前の会社を退職してから、我が家の経済状況は悪化した。
高校、大学と私立に進ませてもらった私は、今度は私が家族を支えると決めたのに、こういう中途半端なことをしていたら、迷惑をかけることにならないかな……。

食欲はないながらも、何とかペットボトルのお茶でおにぎりを飲み下していると、携帯電話が鳴った。
実家に住む、大学生の妹からだった。

おざなりの挨拶を済ませると、待ちきれぬように妹が私を問い質した。

「汐璃ちゃん、テレビに出てないよね?」
「何言ってるの? 出てないよ」
「そうだよね。さっき作家のジョー何とかっていう人が映ってたんだけど、チラッと汐璃ちゃんに似た人が映って」
「え……それ私かも」
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