一途な小説家の初恋独占契約
ジョー何とかって、ジョーのことだよね?
インタビューのような落ち着いた取材なら私が映りこむことはないけれど、サイン会とかだったら、関係者の一人として背景に映り込んでいても不思議じゃない。

「えー!? 汐璃ちゃん、営業職だから、作家と会うことはないって言ってたじゃん!」
「私も、そう思ってたよ。というか、ジョー以外の作家さんとは、サイン会の手伝いのときに、一人ご挨拶させてもらったことがあるだけだし」
「そうなんだ。それより、そのジョー何とかっていう人、汐璃ちゃんのジョー君に似てない?」

汐璃ちゃんのジョー君。
妹は、ジョーのことをそう呼んでいた。

「……うん、実はジョーなの。ジョーが作家になって、日本に帰ってきたの」
「は!? おかーさーん!! たいへーん!!」

妹の、聞きなれた叫び声に携帯電話を遠ざけて苦笑しながら、無性に実家に帰りたくなった。

慣れたつもりの一人暮らしだったけど、急にジョーに一人にされて、慣れないビジネスホテルにいると、寂しさが迫る。

騒がしそうな電話の向こうが静かになる。
電話機を耳に近づけると、次に話しかけてきたのは、母だった。

「ジョゼフ君が作家になったって、本当なの?」
「うん」

開口一番がそれで、笑ってしまう。
でも、次の台詞で絶句した。

「だったら、汐璃が翻訳してあげないと!」
「お母さん。でも私……」

何とかそう言うと、母はきっぱりと否定した。

「うちのことなら、心配ないのよ。お母さん、正社員になったの。だから、仕送りもいらないわ。新入社員で大変だったろうに、今までありがとうね」

母は、結婚前に数年だけ働いていた化粧品会社でパートをしていた。
結婚以来、専業主婦だったのに、父が退職してから二十年以上ぶりに働きに出たのだ。

慣れない仕事に、今まで家族に見せたことがないほどの苦労をしていた母が、正社員に登用されただなんて、どれだけ努力したんだろう。

私が何も言い返せないでいると、母は口調を変えた。
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