王子様とハナコさんと鼓星
「なら、俺もバスで行こうかな」
「何を言っているんですか。針谷さんが下で待ってますよ?」
「はぁっ、わかったよ。行ってくるね。じゃあ、はい」
渡したはずの鞄を足元に置いて一歩近付いてから両手を広げる。
「約束のハグね」
「い、今ですか?」
「時間なんて関係ないよ。こっちにおいで」
優しい声色。鼓膜を震わせる声に顔を伏せて近付くと伸びて来た手が私の身体を正面から抱きしめる。
付けたばかりの香水と凛太朗さんの男性らしい香り。昨夜と同じような優しいハグを受け入れ、私も彼の背中にそっと手を回した。
「華子っていい匂いだよね。女の子の匂いがする」
「そうですか?臭くないなら、良かったです」
身体を離し置いたカバンを持ちフッと口元をニヤつかせる。
「臭くなんてないから。じゃあ行くね」
「はい。お気をつけて」
手を振り凛太朗さんは部屋を出て行く。ガチャと鍵が施錠され、ふっ、と息が口から漏れた。
(朝から刺激が強過ぎ…しかもいい匂いだなんて)
変な意味で言った訳ではないと思うのに胸の中がムズムズして来る。
こんな事を凛太朗さんみたいな魅力的な人に毎日され続けたら…特別な感情を抱いちゃうよ。
一ノ瀬くんが前に言った通り、惹かれない方がおかしい人。こんな事になって1ヶ月も経過していないのに何が始まる気がする。
「さて…私も仕事に行こう」