王子様とハナコさんと鼓星
「ちょっ、会社ですよ!それにトイレ!誰か来ます!作業着、よ、汚れてますから!」
(手袋なんて脱げば良かった。これじゃあ、離れられない…!)
胸元にすっぽりと顔を埋め息苦しい。せめてもの抵抗で声を荒げた。
「誰も来ないよ。あと、うるさいかも」
「だって」
「分かってる。ごめん、実は嫉妬してた」
「え?」
首に巻き付いていた手が片方だけ肩に回る。抱き締める力が僅かに緩み顔を横に向けた。
鏡にうつる凛太朗さんの横顔が赤いのが見える。
「2日ぶりに帰って来て、一刻も早く華子の顔が見たくていつもの2階に行ったのに…男と仲良く話しをしている所を見せられて妬かないわけがないよ」
「ですから、一ノ瀬くんは…」
「そう言う事じゃなくて、華子は俺に会いたくなかったの?」
「そんな事ないです。今、会いに来てくれて嬉しいって思いました」
子供みたいな、ううん、恋する女の子みたいな事を凛太朗さんは言う。
そして、横を向いた事で聞こえてしまった。凛太朗さんの胸の鼓動が速い。私と同じくらいに。