王子様とハナコさんと鼓星
「皆さん、今までお世話になりました。ありがとうございます」
その日の退勤前、客室清掃部のスタッフを集め系列ホテルに異動になる志田さんの挨拶が行われた。
深く頭を下げる志田さんの顔は浮かない。唇を噛み締め今にでも泣きそうな雰囲気。それを周りの皆んなは冷めた顔で見ていた。
私もその1人。頭を下げ、今までの思い出を語り最後の言葉を口にする彼女の話は誰も聞いていなかった。
話によると、主任はレセプションに志田さんは地下駐車場の受付に回される事に決まったらしい。
明後日からは、系列ホテルから新主任が来る。派遣を依頼してスタッフも明後日から2名増える。そして、アルバイトだった主婦の人をパートとして雇い時間を増やす事で折り合いがついた。
長い長い挨拶は誰もさえぎる事なく続き、話す事がなくなり「以上です」と言う言葉を合図に皆んなはありがとう、お疲れ様と上部だけの言葉を並べて解散となった。
私も同じようにお礼を言い、ミーティング室を出る。胸の中はモヤモヤしていたもの、少しかわいそうだったかも。なんて考えを振り払い裏玄関に急いだ。
すでに針谷さんが待っていた。お礼を言い車に乗り込みマンションに戻った。