王子様とハナコさんと鼓星

その日の午後からは、バックヤードのワックスがけ。これはトイレ掃除のワックスがけよりハード。何せ置いてある積荷を全て片付けてから行わないといけない。

だから、バックヤードのワックスがけは5人ほどで行う。

それが終わると、少し時間が余ったため倉庫の整理をした。志田さんや前の主任がいなくなってから客室清掃部の雰囲気はとてもいい。

あれだけ悪口で溢れていたのに今は誰も悪口は言わない。

和気あいあいで毎日が終わって、仕事で憂鬱な気持ちになる事は減っていた。

「ねぇ、そう言えばさ…社長の話きいた?」


業務が終わり、更衣室で着替えているとスタッフの1人が皆んなにそう言う。

「それって、社長に恋人がいるって話?」

「そうそう!それ」

「あ、私も知ってる。支配人と社長がバックヤードで話しているのを聞いた人がいるってやつでしょ?」

背後で行われる会話に思わず私服に着替える手が止まった。

「そう、それ!恋人が家にいて早く帰りたいとか、いつも夜に2人でお茶を飲みながらテレビを見るのが楽しいとか言っていたとか…恋人が羨ましいよね。うちの旦那なんて、ご飯食べたらパソコンざんまいよ。羨ましいな」


「本当。社長は本当に王子様よね。そんな事を恥ずかしもなく言うなんて。ね?村瀬さんもそう思うでしょ?」

「は、はい。は、はは」


り、凛太朗さん…バックヤードで何を話しているのよ。誰かに聞かれるかもしれないのに。

止めていた手を動かして素早く着替え、荷物を整理しバックを肩にかける。

ボロが出ないうちに帰ろう。お疲れ様でした。そう、皆んなに挨拶をしてから更衣室を出る。
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