副社長と秘密の溺愛オフィス
「よく噛んで食べなさいよ」

 ちょっと呆れて言うけれど、わたしの言うことなんかきかずにもぐもぐと口を動かしながら、次のお肉に箸を伸ばしている。

「いいぞ、いいぞ。全部喰え」

 紘也さんは、成人しても底なしの胃袋の翼を煽りながら、翼がからっぽにしたワイングラスにワインを注いだ。

「ほんとうに、いたれりつくせりだな。こんな素敵な人と結婚できてよかたな! 姉ちゃん。この僕にもっと感謝してくれてもいいんだぞ」

 ワインを飲んだ翼は、いつにもまして饒舌だ。しかし感謝ってなんでだろう?

「たしかに、迷惑をかけたけど……どうして感謝しなくちゃいけないの?」

「だってそれは僕がふたりのキューピッドだか――」

「つ、翼くん! もっと飲みたまえ」

 翼の言葉を遮るように、紘也さんがワインの瓶を差し出した。けれど酔っている翼の暴走は止まらない。

「あの日、僕が機転を利かせて、嘘つかなかったら今頃はふたりともどうなってただろうね?」

「おい! 翼――」
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