副社長と秘密の溺愛オフィス
「親父誕生日おめでとう」

 できるだけ冷静に声をかけた。わたしたちの異変に気が付かれないかどうか、いつもドキドキしてしまう。やはり家族は小さな変化に気が付く可能性が高いからだ。

 わたしは記憶の中にある紘也さんをイメージして、本来の彼のように振舞うように最大限の努力をした。

「あぁ、紘也に、乾君――じゃなくて、もう明日香さんと呼んだほうがいいのかな?」

「どちらでも結構ですよ。では、わたしもお父様とお呼びしたほうがよろしいですか?」

 紘也さんはお父様の言葉を返すようにして、首を傾げた。

 そ、そんな大それたこと、わたし絶対言いませんからーー!!

 わたしがこんなに努力しているのに、紘也さんはどこ吹く風。まったくやりたいようにやっている。こっちが緊張して頑張っているのが馬鹿らしくなった。

「おぉ! これは一本取られたな。かわいい娘に〝お父様〟なんて呼ばれると、鼻の下がのびてしまそうだよ」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべた社長――お父様は会社の経営者ではなく、今は父親としての喜びに満ちた顔をしていた。

「君みたいな、かわいくてしっかりものの子が嫁にきてくれてうれしいよ。紘也、これからは家庭を持つんだ。ますます仕事に精進しなさい」

「はい。わかりました」

 ぼろがでないように、短く返事をしたわたしだったが、周囲の空気が一気に変わったのに気が付いた。
< 95 / 212 >

この作品をシェア

pagetop