副社長と秘密の溺愛オフィス
 それにその場しのぎの婚約なのだから。一々傷つく必要などない。それよりも自分が嘘をついて周囲を欺いていることのほうが罪は重いのだから。

「――これからもお引き立ての程よろしくお願いしますね」

 紘也さんに肘でつつかれて、ハッと我に返った。

「次回いらっしゃるときは、社長のお好きな雛屋の芋ようかんをご準備しておきます」

 とっさに思いついたことを口にして、失敗したと思った。今は秘書じゃなかったのに。

「よく知っていたね。わたしがあそこの芋ようかんに目がないことを」

「あ、はい。あの……明日香がいつも用意していたので、覚えたんです」

 適当に話を合わせようと必死だ。

「そうか、いい秘書――いや、お嫁さんだね。お幸せに」

 なんとかごまかせたようで、一安心した。去っていく山内社長を見てほっと胸をなでおろした。

「紘也さん、お父様はお客様たちとお話があるでしょうから、わたしたちはこれで失礼しましょう」

 いつまでもその場に立っていたわたしの腕を、紘也さんがひっぱった。

「え、あぁ」

 ぎこちなくうなずくわたしに、お父様が心配そうな顔を見せる。

「大丈夫か? いつも軽薄なぐらいのお前が、元気が無いように見えるが」

 お父様の指摘に思わずビクッとしてしまう。おもわずオロオロしそうになった。

「あら、結婚が決まって落ち着いたってことでしょう? いい傾向よ」

 そこで助け舟を出してくれたのはお母様だ。事情は知らないにしても助かった。
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