運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
切なげな声に呼ばれ、心がぐらりと揺れる。けれど私はすうっと息を吸い、今度は彼の顔を振り返ってきっぱり言った。
「婚姻届、こちらで処分しておきますね」
決定的な言葉に藍澤先生の手が力を失い、私はするりとその手を解いて、当直室を出て行った。
静かな廊下を一歩一歩進むたび、鼻の奥がツンとなって、目頭が熱くなった。
なに、泣きそうになってるのよ美琴……。藍澤天河はやっぱり悪魔だった。それが証明されただけじゃない。結婚する前にわかって、むしろよかったじゃない。
よかった、はずだよね……?
「……っふ、うぅ」
何度自分を励ましても、涙があふれてくるのを止められなかった。
出会った瞬間に運命を感じたのが、まず間違いだったのかな……?
悪い男かもしれないとわかって、一旦は警戒したけれど、運命的政略結婚――その言葉が現実だったら素敵だと、夢見てしまった。
……それも、きっと間違いだったんだね。
どうして彼が“白衣の悪魔”と呼ばれているのか、やっと身をもってわかったよ。
帰ったら真帆に電話して、近いうちに婚姻届を処分するのに立ち会ってもらおう。
びりびりに破るのがいいか、跡形もなく燃やすのがいいか……いっそ、両方でもいいかな。
そんなことを考えて泣き笑いを浮かべながら、フラフラとおぼつかない足取りで、病院を後にした。