運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~


山翡翠に到着したのは午後一時半ごろだった。

豊かな緑に囲まれた、風情ある和風の旅館。その建物と隣接する駐車場に車を停めた藍澤先生が、エンジンを切ってふう、とため息をつく。


「さて、どうしようか」

「……どうしましょうか」


二人そろって、困った口調で呟いた。お互いの視線の先には、フロントガラスに打ち付ける大粒の雨。

東京を出てしばらくは天気が良かったはずなのに、山道を進むにつれ雲行きが怪しくなり、とうとう雨が降り出してしまった。


「傘を持ってくるんだったな。山の天気は変わりやすいってこと、失念してたよ。ごめん」

「入口まで、二百メートルくらいでしょうかね。走ればなんとかなるんじゃないですか? どうせ、温泉であたたまりますし」

「そうだね。じゃあ、ダッシュで行こう。俺が先に出るから待って」


どしゃ降りの車外に出た藍澤先生が、助手席に回ってドアを開けてくれる。私も急いで外に飛び出し、彼に手を引かれながら旅館の入り口を目指して走った。


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