運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~


「いらっしゃいませ。美琴さん、お久しぶりね。あら、二人ともずぶ濡れじゃない。ご連絡くだされば傘を持ってお迎えしたのに」


建物に入ると、女将さんが上品な着物姿で出迎えてくれた。彼女はこの旅館の支配人の奥様で、五十代にもかかわらずいつまでも美しい。

彼女は私たちの姿を見ると慌ててほかの従業員にタオルを持ってこさせ、私たちに渡した。


「ありがとうございます」


ニコッと笑ってお礼をしたけど、女将さんの視線は藍澤先生にぽうっと釘付けになっている。

もしかして見惚れてる……?

私もちらっと隣を窺うと、ただでさえ人目を引く容姿の藍澤先生が濡れた髪を無造作にタオルで拭う姿に、どきりとしてしまう。

ただ雨に濡れただけなのに、またフェロモンが漏れてますけど……。

内心そんなことを思っていると、我に返った女将がさっそく私たちを案内してくれる。


「お食事もすぐ出せるようにはしてありますけど、先に冷えた体温めた方がよろしいかしらね」

「そうですね」


館内の静かな廊下を歩きながら聞かれて、藍澤先生が頷く。


「では先にお風呂ですね。お部屋に浴衣が用意してありますから、そちらを持って大浴場へ行ってください。……お母様から電話をもらったのが今朝だったもので、貸切風呂の予約が取れなくてごめんなさいねえ。せっかく若いご夫婦なのに」


口元に手を当て、にやりと微笑む女将さん。その意味を察して、かぁっと顔が熱くなる。


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