運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
色恋のあれこれに長けている藍澤先生のことだ。胸の鼓動すら、自在に操れるのかもしれない。そうでないなら、私と一緒にいてドキドキしている、ってことになるけど……。
黙り込んだまま煮え切らない私に、藍澤先生はふっと穏やかに微笑む。そしてこちらに手を伸ばすと、ぽんぽんと頭を撫でた。
「行こうか、お風呂」
緊張感を緩ませるように言って、スッと私から離れる藍澤先生。
ベッドの上に置かれた浴衣やバスタオルを手に取り、何事もなかったかのようにお風呂の準備を始める。その姿を見て、ぼんやり思う。
……そういう、オンとオフの使い分けが上手なところが、いまいち彼を信用しきれない理由の一つなんだよね。
こっちは今でもずうっと心臓が暴れて苦しいのに、藍澤先生はもう涼しい顔をしているんだもの。
彼の甘い言葉に大したリアクションを示せない私に、心の中で“さっさと落ちろよ”って舌打ちでもしているんじゃないかなんて……勘ぐってしまう。
曖昧な気持ちのまま、ふたりで離れを出て温泉のある本館へと移動した。
部屋のキーは、男湯と女湯の前で別れるときに「俺の方がたぶん早いから」と言ってくれた藍澤先生に託した。