運命的政略結婚~白衣の悪魔に魅入られて~
「やっぱり、家庭環境……かな。強制はされなかったけど、自分も両親のように将来医者になるんだろうなって、子どものころから漠然と思ってた」
「なるほど。じゃあ、実際医者になってみて、どうですか?」
続けざまの質問に、藍澤先生はうーんと長い睫毛を伏せ、答えを探し始める。そこに悪魔の片鱗はいっさいなく、真摯に“医者”という職業に向き合う一人の男性の姿があった。
「……何年たっても、メスを握る前に一瞬恐怖が走るよ。もちろん実際オペが始まれば、自信をもってできることをやるだけだけど」
「恐怖?」
弱気な発言が意外で、咄嗟に聞き返した。
「人が人を手術するんだ。成功率百パーセントなんてことはあり得ないだろ?」
「でも、藍澤先生は天才外科医だって父も……」
「俺は天才なんかじゃないよ。どっちかっていうと、努力の人間かな……なんて、自分で言うことじゃないか」
欠点なんかひとつもない、天才外科医。勝手にそんなイメージを作り上げていたけれど、藍澤先生は笑いながら否定した。
「でも、オペに向き合う恐怖を克服するには、日々訓練して、死ぬまで勉強するしかない。それでも全員の患者さんを救えるわけじゃなくて、つらいことも多いけど……俺には合ってるかな。昔から、なんでも物事を深く突き詰めていくのが好きなんだ」
そこまで話すと、自分のことを多く語ったからか、少し照れくさそうに、けれど自然な笑顔をこぼした藍澤先生。そのレアな姿に、胸がきゅんと鳴った。
……彼が悪魔か、悪魔じゃないか。後者に天秤が傾いた瞬間だった。