過保護な御曹司とスイートライフ
「いま、なにが……」
今のは何だったんだろうと反芻しようとしたところで、カチリと音を立てた秒針にハッとする。
こんなこと考えている場合じゃないと、慌ててカップをシンクに運びスポンジに泡を立てた。
辰巳さんは、時間より早かったことも遅かったこともない。必ず時間通りにくる人だ。
だから今日だって……。
慌ただしく洗い物を済ませ、窓を開け網戸にする。
それから服を着替え、今まで着ていたものを洗濯機に入れスイッチを押す。
時計を気にしつつも部屋を見渡し……なにか不自然な部分はないかと確認していたとき、チャイムが鳴った。
ドキッと大きく跳ね上がった心臓を押さえながら、ゆっくりとドアを開ける。
眩しい朝日を感じるとともに、にこりとした優しい笑顔を向けられ……それをぼんやりとどこか気持ちを遠くにしながら眺めた。
両親も周りの人も、辰巳さんはとても温かみのある温厚な人だと褒めるけれど。
私は、この人の笑顔に温度を感じたことは一度もない。
「おはよう。彩月」
「おはようございます。……すみません、ちょっとバタバタしてたので埃っぽいかもしれないんですが」
招き入れながら謝ると、辰巳さんは「構わないけど、どうしたの?」と首を傾げる。
サラサラした黒髪はつむじからまっすぐに下りて、眉にかかる長さで揺れている。
襟足はYシャツにかからない程度の長さで、社会人としてとても好感が持てる、と両親がいつだったか褒めていた。
少しタレ目がちのくっきりとした二重とすっと通った鼻立ちは、とても整っていて美形だと、学生の頃から友達が騒いでいたくらいだ。
いつでも笑みを浮かべているような唇から紡がれる声はテノールの高さで甘い。