キミがくれたコトバ。
34.7



再び電気がつくと、僕の隣から日奈子ちゃんは消えていた。

おまけに颯磨くんも。

僕は嬉しくて、少しだけ微笑んだ。

「颯磨?颯磨!」

愛美が叫ぶ。

「颯磨くんなら日奈子ちゃんを引き連れて逃げたみたいだよ。」

「は……?」

混乱してる愛美なんて初めて見る。

「探さなくちゃ!」

「いいよ別に。僕はもう帰るから。」

僕は愛美に背を向けた。

「澄春は、それでいいの!?」

必死に叫ぶ愛美。

そんなに颯磨くんと付き合いたかったんだ。

なら、もっと正々堂々と勝負すれば良かったのにさ。

「良いも何も、これは僕が仕組んだことだから。」

「どういうこと?」

「そうだな。話が長くなるかもしれない。場所を変えよう。」

僕達は、第4チェックポイントまで戻って、密室された部屋へ入った。

カチャ

しっかりと鍵がかかったことを確認してから、僕は話し始めた。

「僕は愛美と同じクラスになるのが嫌で、保健室登校を始めた。」

「知ってる。」

まあ、そのくらいは簡単に予想できることだ。

「でもそれ、本当は駄目なことなんだよ。」

いや、本当は駄目ではないと思う。

普通に許されることだと思うけど、明人さんは、僕のことを利用したんだと思う。

「生徒会副会長、明人さんって言うんだけど、」

「ああ、イケメンの?」

「うん。その明人さんに、保健室登校をする代わりに、日奈子ちゃんを監視するように頼まれたんだ。」

「何でそんなこと?」

「長くなるから詳細は省くよ。でも明人さん、色々あって、どうしても日奈子ちゃんを絶望させたいみたいでさ。」

理由を明人さんに聞いたけど、酷い理由だったな。

日奈子ちゃんと付き合うことで、自分がいじめられたからって、日奈子ちゃんは何も悪くないのに。

「それって、日奈子ちゃんがかなり嫌な奴っていうこと?」

どうしても日奈子ちゃんを悪者にして、颯磨くんを自分のものにしたいらしい。

「残念だけど違うよ。どっちかっていうと、日奈子ちゃんは被害者。一番悪いのは、明人さんの友達だと思う。」

「へえ。」

愛美がつまらなそうな顔をした。

「で、その日から僕は日奈子ちゃんを監視することになった。でも……。」

「でも?」

「途中で好きになっちゃったんだよ。」

自分でも、まさかこんなことが起こるとは思わなかった。

「澄春も颯磨も、何で日奈子ちゃんが好きなの?何の取り柄もなさそうなのに。」

正直、この言葉にはカチンときたけど、僕は何とか冷静さを保った。

「心が綺麗だからじゃないかな?」

冷静を保ちつつも、少しは、いや、かなりキレているのかもしれない。

「僕、愛美にされたこと、当然だけど、まだ覚えてるし、根に持ってるから。」

愛美が眉をひそめた。

「確かに小5の時、僕は自分がいじめられたくなくて、愛美を助けなかった。だから、仕返しされても、当然だったかもしれない。」

だけど……。

「でも僕は愛美を見捨てはしなかったし、いじめもしなかった。そんなのただの綺麗事かもしれないけど、でも、愛美とは違うんだよ…。」

醜い。

こんなこと言っている自分が酷く醜い。

分かってる。

分かってるけど……!

「学校ではいじめられて、身内には愛美と比べられて……、死にたいと思った。」

だからこそ、嬉しかったんだ。

「でも、日奈子ちゃんは違った。日奈子ちゃんは、僕のことを、『澄春』として見てくれたんだ。」

『クラスのいじめられっ子』や『愛美の弟』じゃなくて、1人の『澄春』として。

「こんなの初めてで、僕…、嬉しかったんだよ。」

だから日奈子ちゃんは、取り柄がない女の子じゃない。

「すごく、素敵な子なんだ。」

「へえ。」

こんなに熱く語ったにも関わらず、愛美は無関心そうだった。

「だとしたら、ますます嫌いになってきた。」

「は?何でだよ!」

「っていうか、そんなに好きだったら、何が何でも奪いなさいよ!」

「僕は愛美とは違うんだよ!」

久々に感情的になってしまった。

そして直ぐに後悔する。

感情的になったところで、何か解決するわけではない。

「好きだからこそ、あの2人を応援したかった。僕が日奈子ちゃんに助けられたように、日奈子ちゃんは颯磨くんに助けられたんだよ。だから気持ちが分かるから……。僕は、日奈子ちゃんに幸せになって欲しいと思ったんだ。」

こう言っても、愛美には理解できないと思うけどな……。

「そんな時、明人さんが『恋人迷路』を利用して、日奈子ちゃんを絶望させることを考えて、僕に教えてくれた。だから僕は、更にそれを利用して、2人をくっつけようとした。」

すれ違ってる2人を、どうにか結びたかったんだ。

「だから同じ保健室登校の子に、照明係をやってもらうようにお願いして、僕がキスする寸前に照明を落とすように頼んだんだ。」

愛美の表情がどんどん険しくなっていく。

「後は颯磨くん次第だったけど、ちゃんと逃げてくれて良かった。ホッとしたよ。」

愛美が悔しそうな顔をしている。

「何よそれ……。意味分かんない……。」

もしかしたら、愛美に反抗したいっていう気持ちも、少しはあったのかもしれない。

「だったら最初から明人さんのお願いを無視すれば良かったでしょ!?」

「それは無理だった。」

「何でよ。」

「命令に背いたら、僕の中学時代のことを、全てバラすって言われてたんだよ……。」

それだけは、避けたかった。

あんなに頑張ってここに来たのに、全て無駄になるのは嫌だったんだ。

「でも、途中で目が覚めたよ。僕は、いつも自分を守るばかりだった。それを、もう辞めたかったんだ。何を言われてもいい。だって、日奈子ちゃんは全てを話しても、僕のことを否定しないでいてくれたから……。」

だから……。

僕のことを分かってくれている人が1人でもいる。

そう思ったら、自分だけを守っていることが、馬鹿らしくなったんだ。

「何で……、いつも日奈子ちゃんばっかり……。全て劣ってるくせに。」

「日奈子ちゃんのこと、悪く言うな!」

何も知らないくせに……。

「あんたも颯磨も、あの子に騙されてるだけ!あの子が全てを支配しているんだ!全部……!」

「愛美!!いい加減にしろ!!」

愛美に怒鳴ったのなんて、きっと今日が生まれて初めてだ。

でも、もう後悔はなかった。

「愛美はいつもそうだ。気に入らないことがあると、全て人のせいにする!」

愛美が言葉を無くす。

「昔は嫌な事があっても、笑って、強がって……。僕はそんな愛美に憧れてた。なあ、いつからそうなったんだよ。そろそろ目、覚ませよ。」

愛美がそうである限り、元に戻るのは、きっと無理だ。

また同じ失敗を繰り返すことになるかもしれない。

「ごめん、僕は帰るよ。」

そう言って、僕は1人で部屋を出た。
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