彼の甘い包囲網
四月下旬の夜は、まだ少し肌寒い。

雲の切れ間から顔を出した三日月が仄かに周りを照らした。

お気に入りのベージュのトレンチコートのベルトをキュッと結び直して自宅に向かって歩く。



奏多と何度もこの道を歩いた。

いつも当たり前のように奏多は私の手を繋ぐ。

私は戸惑って恥ずかしがってばかりだったけれど。

奏多の温もりはいつも安心できた。



ふと立ち止まって自分の左手を見つめる。

右利きの私が不自由しないように、奏多は私の左手をいつも繋いでくれた。

小さな優しさを思い出すと。

そこから奏多との思い出が幾つも溢れだして。

奏多がどれだけ私を見ていてくれていたのかを思い知る。


服の下のネックレスに手を触れた。

奏多と私の繋がりが嘘ではないと確かめるように。

アクセサリーに疎い私でさえわかる、高価なこのネックレスは新入社員の私が身に付けている姿を晒すことが憚れていつも服の下に隠している。

奏多はそのことを知った時、不服そうにしていた。

その時の奏多の幼く見えた表情を思い出して小さく笑んだ。


鼻の奥がツンとして泣きそうになる。



ただただ、何も見ずに考えずに、一緒に奏多と過ごしていた時は何も思わなかった。

なのに。

今になって。

どうしてこんなに奏多のことを思うと恐くなるんだろう。

もしも。

奏多が私から本当に離れていってしまったら、どうすればいいのだろう。

今まで出会ったことのない感情が涌き出て、それをどう判断すれば良いのかわからない。


過ごしてきた時間が重くのしかかる。

奏多に札幌から戻ったことも告げていない。

柊兄が言う通り、奏多のことだから気付いているだろうけれど。


呆れられていたらどうしよう。

嫌われていたらどうしよう。



救いようのない不安が後から後から沸き上がって、私を苛む。

私はいつからこんなに意気地無しになったの……?

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