彼の甘い包囲網
心配そうな様子の拓くんに。

私はいつも通り、笑顔で手を振った。

大丈夫だから、と伝えるために。

奏多の不機嫌の理由がわからなかった。


「……アイツ、紗也ちゃんの彼氏だろ?」



私の腕を掴んだまま、マンションのエントランスをくぐり、奏多が言った。


驚いた。

まさか奏多がそんなことまで知っているとは思わなかった。


「……何で知ってるんだって思った?」

「……蜂谷さん、腕、痛いです」


考えていることを言われた動揺を隠すため、目を伏せた。


「……アイツは下の名前で呼ぶのに、俺は苗字?」


見惚れてしまいそうな端正な顔立ちを歪めて奏多は薄く笑う。

その表情は冷え冷えしている。

それでも腕を掴むのはやめてくれた。


「……柊兄の友達だし年上だから」


呟いた私の声には驚く程、覇気がなかった。

奏多は眉間に盛大な皺をよせて、私の手に指を絡めた。

初めて触れる指。

骨ばった長い指が私の指を包む。

奏多の熱い体温が直接私の身体に伝わる。


ドクン……!


痛いくらいに心臓が跳ねた。


「……これ以上は譲らない」


奏多の行動の理由もわからないままに、マンションの知り合いにどうか会いませんように、と心の中で何度も祈る。

奏多は家に着くまで絡めた指を離さなかった。
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