彼の甘い包囲網
「あら、奏多くん。
楓を送ってくれたの?」


玄関で奏多は剣呑な雰囲気を上手に隠して、完璧な笑顔でママに話しかける。


「ああ、いえ。
楓ちゃんと紗也ちゃんと図書館で勉強していたのですが、暗くなって来たので……できれば今、続きを少しだけ教えてあげたいのですが……」


心底困ったように微笑む奏多の表情は溜め息を吐きたくなるくらいに妖艶で。

ママに見えない位置で奏多が絡めた指を隠していなければ見惚れていた。

私の指に絡まった、奏多の長い指に力が籠る。



「まあ、そうだったの!
奏多くん、受験生なのにワザワザごめんなさいね。
いつもありがとう。
楓、きちんとお礼を言ったの?
ほら、二人とも上がって。
寒かったでしょ?」


満面の笑顔でママは了承して、私と奏多を私の自室に押し込んだ。


「あ、楓。
ママ、お醤油切らしちゃったからちょっと買ってくるわね。
すぐ戻るから」


廊下から呑気なママの声が響いてあっという間に静寂が訪れる。


その瞬間。


グイッと奏多が私の身体を引き寄せた。

奏多の大きな手が私の腰にまわる。

ドキン、ドキン、と鼓動が暴れ出す。

奏多の吐息が耳元を掠める。


「……は、蜂谷さんっ……!」

驚く私に。

「……奏多。
呼んでみて?」

蕩けそうに甘い声で言う。

それなのに、至近距離にある焦げ茶色の瞳は氷塊を抱えたように冷たい。


「……アイツは名前で呼ぶんだから、俺のことも呼べるよな?」


こんな口調の奏多は知らない。

不機嫌の理由も。


「……ど、して……怒って、るんですか……」


恐る恐る、奏多を見つめて尋ねると。

奏多は驚いたように綺麗な瞳を見開いた。


「……俺……っ」
< 12 / 197 >

この作品をシェア

pagetop