彼の甘い包囲網
「ホラ、乗れよ」

目の前には黒光りする車。

懐かしい人が運転席の横に立っていた。

「奏多様。
良かった、お会いできたのですね。
お久しぶりです、安堂様」

「立川さん……」

「すっかりお綺麗になられて。
先程は驚きましたよ。
安堂様を見つけた、と突然奏多様が血相を変えて飛び出していかれて」

穏やかに微笑みながら話してくださる立川さんに私は隣りの奏多をチラリと見た。

「うるさい……早く乗れ」

その耳がほんのり赤く染まっているのは見間違いじゃないと思いたい。

「奏多様。
上條さんからの伝言です。
明日の十時の会議だけは遅れずに出席してくださいと。
それが最低条件だと仰っていました」

「……アイツ……」

苛立たしそうに奏多が呟く。

「い、忙しそうだね、あの私……」

奏多に話しかけると。

「……そんなんじゃない。
いいから早く乗れ」

奏多はフィッと私から目を逸らして自分も車に乗り込んだ。


トクン、トクン。

先程の奏多の態度に不安を覚えながらも、温かな気持ちが胸に込み上げる。

奏多が私に会いたかったという言葉を疑っていたわけではないけれど。



「……何処に行くの?」


走り出した車の中で。

声をかけた私を一瞥して奏多はポソリと呟いた。


「俺の部屋」


絡めた指はそのままで。

奏多はポスッと私を自分の肩に凭れさせた。


「……着くまでこのままでいろ」


そう言って奏多は車窓から流れていくネオンに目を向けた。
< 115 / 197 >

この作品をシェア

pagetop