彼の甘い包囲網
立川さんが運転する車が停まった場所は豪華なタワーマンションだった。

明るい照明に照らされてキラキラと輝くエントランスへ続く小道には小さな水路が流れている。

その周囲をグルッと取り囲むように植えられた植栽。

大きなガラスの入り口をくぐって、踏み入れた場所はまるで別世界だ。

高い吹きぬけに、豪華なシャンデリア。

飾られている大きな花瓶には綺麗な春の花が活けられている。

カツン、と響く磨きこまれたピカピカの白い床。

それらには目もくれず、奏多はさっさとエレベーターホールへと足を進める。


「お帰りなさいませ、蜂谷様」


五十代くらいの品のある女性が奏多に声をかける。

「ただいま。
楓、コンシェルジュの間宮さんだ。
間宮さん、婚約者の安堂楓だ。
これからこちらに来ることが多くなると思うからよろしく頼みます」


「えっ?!」

思わず声が出た。

コンシェルジュって……どれだけ豪華なマンションなの……いや、それよりも。

今。

奏多、今。

私のことを婚約者って紹介した……?

「あら、まあ。
そうなんですね、とても可愛らしい方ですね!
お会いできて光栄ですわ。
コンシェルジュの間宮凛と申します、よろしくお願いいたします」

間宮さんが嬉しそうに、ニッコリと私に笑いかけてくださった。

「え、あ、あの。
こ、婚約者じゃないです、けどっ。
安堂楓です、よ、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げると。

「……そういうことでよろしくお願いします」


不機嫌な表情の奏多が会話に割りこんできて、再び私を引っ張ってエレベーターに押し込んだ。

エレベーターに乗り込んでも終止無言の奏多。

何がいけなかったのか、わからない。

私、何かした?

二十のボタンが点灯しているということは、奏多の部屋は二十階なんだろうな、と思った。


「あ、あの奏多。
ここって千春さんも住んでいるの?」

重たい空気を何とかしたくて口を開くと。

「千春は二十一階」


とだけ言われて、また目を逸らされた。
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