彼の甘い包囲網
バッと奏多が空いている方の手で口元を隠して、私から顔を背けた。

心なしか耳が赤い。


「……カッコ悪ぃ……」


そう言って奏多は落ち込んだように俯く。


「……ごめん、楓がアイツと二人でいて……アイツが髪に触れてるのを見て……腹が立った」

「アイツ……って拓くん、ですよね……?」

苦虫を噛み潰したような表情で奏多が頷く。

「拓くんは紗也に頼まれて私を送ってくれただけで。
髪は糸屑がついていたのを取ってくれただけ、ですよ?」

「……本当にそれだけ?
告白された、とかじゃなく?」

「ええっ?!
紗也の彼氏ですよ!
あ、あり得ません!
拓くんは紗也が大好きなんですから!」

「楓は?
アイツを……好きなんじゃないの?」

苦渋に満ちた表情で奏多は私を見つめる。

その色香に溢れた眼差しに胸が詰まる。


「まさか!
そ、そりゃ、友達としては好きですけど……そ、それだけですよ!」

キッパリ言い切ると、奏多がパアアッと笑顔になった。

その笑顔が華やかで目が離せなくなる。


ドキンッ!

私の鼓動が奏多に聞こえそうなくらい大きな音をたてる。


奏多がギュッと私を胸に抱き締めた。

シトラスの香りが私を包みこむ。


「良かった……」

「は、蜂谷さんっ……?!」

「奏多。
奏多って呼んでって言った」

「な、何で……!」

「呼ばなきゃ離さないよ?」

「……そ、んな」

「ほら、早く」


トロリ、と甘い蜜のような低音。

私の身体をガッシリ捉えた腕は細身の外見からは想像できないくらいに力強い。


女性も羨む秀麗な顔立ちなのに。

やっぱり男性なんだ、と改めて感じた瞬間。

カアッと頬が熱くなる。


帰宅したばかりで冷えきった部屋は寒い筈なのに、寒さを全く感じない。
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