彼の甘い包囲網
ニコニコと千春さんは屈託のない微笑みを向けてくれた。

「ほら、奏多。
アンタはボサッとしてないで朝食の準備かシャワーでも浴びてきなさいよ。
楓ちゃんと私は今から着替えるから」

テキパキ采配を奮う千春さんに奏多が顔を盛大にしかめる。

「……こうなるから千春を頼るの嫌だったんだよな……。
楓、ゆっくりでいいからな。
千春に苛められたら言えよ」

ポン、と私の頭を撫でた後、千春さんを一睨みして、奏多はパタンとドアを閉めて部屋から出ていった。

「……何あの甘ったるい声と緩んだ顔。
本当、楓ちゃんを好きすぎて重いわね……」

こちらも盛大なしかめ面をした千春さん。


「あ、楓ちゃん、お風呂入ってないわよね?
奏多が今からシャワー浴びるだろうし……。
私の部屋で入る?」

「楓は俺の家で風呂にいれる!」

まさかのドア越しの奏多の大声。

「ちょっと、何立ち聞きしてるの!
アンタはチャッチャッと動きなさいよ!」

バン、と千春さんが寝室の扉を開けた。

「してねえ!
着替えを取り忘れただけだ!
千春、荷物置いてさっさと帰れよ。
俺が楓の世話するから!
あと、俺の部屋のカードキーを返せ!」

言うだけ言って奏多はクローゼットを開けて自身の着替えを取り出す。

「心配しなくても楓ちゃんにカードキーは渡すわよ。
どうせそのつもりだったんでしょ?」

千春さんは得意気にカードキーを取り出した。

すかさず奏多がカードキーを取り返して、ベッドにいる私に向き直った。

「楓、この部屋のカードキーだから。
お前は俺の大事な婚約者だからな、自由に来いよ」

フワリ、と優しい声で言って、奏多は私の手の上にカードキーを置いた。

「か、奏多……!」

再び真っ赤になった私はカードキーを見つめる。

「わ、私が持っていていいの?」

「楓に持っていてほしいんだ」


ああ、もう。

そんな蕩けそうな笑顔は反則だ。

以前に私の住むマンションの合鍵を貰った時とは全然違う立場、言い方に私の胸は否応なく高鳴った。

奏多は私の心臓を破壊する天才だ。

「……ありがとう。
大事にする」

こんなに豪奢なマンションの、しかも奏多の部屋のカードキーなんて私が貰っても本当にいいのか考えてしまいそうになるけれど。

やっぱりとても嬉しくて。

私は両手でカードキーを抱き締めて素直な気持ちを奏多に伝えた。


「ああ、もう。
可愛い、楓!」

「ちょっと、早く出ていきなさいよ!」

私に抱きつこうとした奏多が千春さんにペシッと頭を叩かれて、部屋から追い出された。
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