彼の甘い包囲網
「楓。
買い物行こう」

片付けが終わって開口一番、奏多が言った。

「何の?」

「さっき千春が言ってただろ?
楓の着替えとか」

「え、いいよ!
もし必要なら自宅から持ってくるし、昨日から随分迷惑かけちゃったし帰るよ」


言った瞬間。

奏多がガシッと私の腰を両手で掴んだ。

抱きしめられる寸前の態勢。

眼前に迫る端正な顔立ち。

ただし、何故か物凄く不機嫌。

「楓は俺といたくないのか?」

物凄く低い声。

嫌な予感がして首を横に振った。

「千春とは買い物に行く約束をしたくせに俺とは行かないの……?」

ゆっくりと一言一言を区切りながら話す奏多。

「楓は俺の彼女だよな?
婚約者だよな?
彼氏の家からすぐ帰りたい?」

凄まじく綺麗な笑顔。

でも目が全く笑っていない。

「買い物に行かない、帰るって言うなら柊に電話してここに引っ越しさせるけど、いいか?」

「……冗談、だよね……?」

無茶苦茶な説明に私が慌てると。

「本気」

うっとりしてしまいそうな艶やかな笑顔で言われた。

更にスマートフォンまで取り出してくる。

「今から札幌に行って楓のご両親に挨拶して同棲の許可を貰う?
月曜の朝までには今から行けば帰れるし。
それならもういっそ同棲じゃなくて婚姻届を出してしまおうか……?」

「何で!
無理、無理!
まだ出さないって約束をしたでしょ?!」

奏多は私の頬に口付ける。

「じゃあ買い物行く?」

「行く、行くから!
婚姻届と同棲は待って!」

焦る私に。

「どうせ近々両方するのに?
まあ、今日はやめとく。
その代わり俺が好きなように買い物するからな?」

ニッと口角を上げて、それさえも絵になる微笑みの奏多に私は陥落した。
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