彼の甘い包囲網
「お早う、楓ちゃん」

会社のエントランスに足を踏み入れた時、明るい笑顔の杏奈さんに声をかけられた。

「楓ちゃん、そのジャケット可愛い!
よく似合っているわ」

「あ、ありがとうございます」

私が照れて返事をしていると。

「……楓ちゃん?」

後ろから名前を呼ばれた。

立ち止まると、先日空港で会った有澤さんの驚いた表情が近くにあった。

「楓ちゃん、だよね?
覚えてる?
この間空港で、柊に一緒に送ってもらった」

「覚えています。
有澤さん、ですよね?」

「そう!
覚えていてくれて嬉しいよ。
この会社だったんだね、ビックリしたよ。
出社したら目の前に楓ちゃんがいたから。
今日も可愛いね」

ニコニコと有澤さんは屈託のない笑みを浮かべる。

私はどう反応してよいかわからず戸惑っていると、杏奈さんが呆れた声を出した。

「……涼、朝からナンパしないの」

「まさか、心外だな。
おはよう、杏奈さん。
今日もキレイだ」

気安く話す二人に、私は瞬きをする。

そんな私の様子に杏奈さんが困ったように微笑んで説明してくれた。

「楓ちゃん。
涼は私の幼馴染みなの。
家が近所でね。
あれ?
そういえば何で涼が楓ちゃんを知っているの?」

「楓ちゃんのお兄さんと俺が高校時代の友人なの」

有澤さんが説明すると杏奈さんが瞠目した。

「柊くん?
やだ、楓ちゃん!
柊くんの妹なの?」

「兄をご存知なんですか?」

「よく涼といる姿を見かけてね、何度か話したことがあるの。
懐かしいわあ、世間って狭いわね!
柊くんは元気にしてる?」

頷く私を見て、嬉しそうに笑う杏奈さんを何故か面白くなさそうに有澤さんが凝視していた。

「そうだったんですね……」

初めて知った事実に私も驚く。

「俺も驚いたよ。
まさか楓ちゃんが杏奈さんの後輩だなんて。
あ、俺、朝一番で会議があるから先に行くね。
またね」

柔らかい微笑みを浮かべて去っていく有澤さん。

「全くいつも言いたいことだけ言って去っていくんだから。
涼はこの春に転職してきたの。
今は第一営業部にいるわ」

杏奈さんが説明してくれた。

「えっ、第一営業部ってすごくエリートなんじゃ……」

私の反応に杏奈さんが苦笑した。

「まあね。
涼は幼い頃から要領もよかったから。
既に我社でお婿さん筆頭候補らしいわよ。
あ、もし涼のことで誰かに何か言われたり、不快な思いをしたらすぐに言ってね。
アイツ昔から無駄にモテるのよ。
私が守るし、涼に伝えるから!」

「いえ、そんな……」

「ううん。
楓ちゃんは可愛いし、違う意味の嫉妬を受けそうで心配だわ」

本気で心配してくれる杏奈さんに今度は私が苦笑した。
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