彼の甘い包囲網
「おはようございます……佐波さん?
何かありましたか?」
声をかけてきたのは杏奈さんだった。
心配そうな杏奈さんの声に佐波さんは微笑んだ。
「ああ、永石さん、おはよう。
いや、安堂さんにちょっと話があったから。
安堂さん、もういいよ、席に戻って」
この話はもう気にしなくていいから、と一言付け足して私を促す姿は普段通りの佐波さんだった。
簡易ブースを出ると既に数人の社員が出社していた。
自席に戻る途中。
「……楓ちゃん、何かあった?」
「あ、いえ。
……仕事について悩みはないか聞かれただけです……」
私は咄嗟に言葉を呑み込んだ。
何となくこの話を杏奈さんにしてはいけない気がしたのだ。
「……そう?
何かあったら話してね?」
杏奈さんは心配そうに言った。
いつものように業務を終えて帰路に着いた。
いつも通りに業務をこなしたつもりだけれど、何処か上の空だった。
杏奈さんに幾度となく体調が悪いのかと尋ねられ心配をかけてしまった。
「ただいま……」
「お、早かったな、楓」
誰もいないと思っていた自宅には柊兄が帰宅していた。
片付け半ばのスーツケースが玄関先に置いてあるところを見ると、出張帰りのようだ。
奏多は明日から仕事で充希くんとフランスに向かう。
奏多とは毎日連絡をしている。
話す内容はいつも他愛のないもの。
最近読んだ本が面白かったとか。
近所に新しいカフェができてそこのカフェオレが美味しいとか。
何気無い私の話を奏多は嬉しそうに聞いてくれて相槌を打ってくれる。
奏多の話も聞きたいのだけれど、奏多の仕事関係の話は私にはわからないことの方が多く、自分の勉強不足を思い知ることが多い。
情けないことに。
社会人になって奏多の凄さというか大きさというか背負っているものを改めて知った。
それでもきっと全部は理解していない。
私なんて社会人の入口に立ったばかりのヒヨッコで。
会社、という組織の仕組みすら全部は把握できていない。
目の前の与えられた仕事についていくだけで精一杯。
けれど奏多は。
私なんかよりももっと前に、真逆の立場にいる。
仕事を生み出し、人を率いている。
それはどれだけすごいことか。
改めてその大きさを知った。
蜂谷グループの御曹司。
冷静沈着。
秀才。
逸材。
彼には色々な形容詞や枕詞が付く。
彼はそれに見合うだけの努力をずっとしている。
私では慮れないほどの努力を。
必死で目の前の問題や周囲の期待や、圧力に負けずに逃げずに闘っている、そんな人。
奏多はとても強い。
だけど誰よりも優しい人だ。
甘えてばかりの新入社員の私でも仕事や社会は甘えてばかりの生易しいもの、綺麗なだけのものではないってわかっている。
奏多が直面する世界はきっと私が想像するよりも厳しい筈。
弱音を吐かない彼を。
いつか弱音を吐いてもらえるように。
知識を身に付けて奏多の話を少しでも理解できるようになりたい。
日々闘っている奏多が、私の他愛ない話で気が少しは紛れるなら。
無力な私が重たいあなたの荷物を少しでも軽くできるのなら。
私はあなたを守りたいと願う。
それが分不相応と言われようとも。
何かありましたか?」
声をかけてきたのは杏奈さんだった。
心配そうな杏奈さんの声に佐波さんは微笑んだ。
「ああ、永石さん、おはよう。
いや、安堂さんにちょっと話があったから。
安堂さん、もういいよ、席に戻って」
この話はもう気にしなくていいから、と一言付け足して私を促す姿は普段通りの佐波さんだった。
簡易ブースを出ると既に数人の社員が出社していた。
自席に戻る途中。
「……楓ちゃん、何かあった?」
「あ、いえ。
……仕事について悩みはないか聞かれただけです……」
私は咄嗟に言葉を呑み込んだ。
何となくこの話を杏奈さんにしてはいけない気がしたのだ。
「……そう?
何かあったら話してね?」
杏奈さんは心配そうに言った。
いつものように業務を終えて帰路に着いた。
いつも通りに業務をこなしたつもりだけれど、何処か上の空だった。
杏奈さんに幾度となく体調が悪いのかと尋ねられ心配をかけてしまった。
「ただいま……」
「お、早かったな、楓」
誰もいないと思っていた自宅には柊兄が帰宅していた。
片付け半ばのスーツケースが玄関先に置いてあるところを見ると、出張帰りのようだ。
奏多は明日から仕事で充希くんとフランスに向かう。
奏多とは毎日連絡をしている。
話す内容はいつも他愛のないもの。
最近読んだ本が面白かったとか。
近所に新しいカフェができてそこのカフェオレが美味しいとか。
何気無い私の話を奏多は嬉しそうに聞いてくれて相槌を打ってくれる。
奏多の話も聞きたいのだけれど、奏多の仕事関係の話は私にはわからないことの方が多く、自分の勉強不足を思い知ることが多い。
情けないことに。
社会人になって奏多の凄さというか大きさというか背負っているものを改めて知った。
それでもきっと全部は理解していない。
私なんて社会人の入口に立ったばかりのヒヨッコで。
会社、という組織の仕組みすら全部は把握できていない。
目の前の与えられた仕事についていくだけで精一杯。
けれど奏多は。
私なんかよりももっと前に、真逆の立場にいる。
仕事を生み出し、人を率いている。
それはどれだけすごいことか。
改めてその大きさを知った。
蜂谷グループの御曹司。
冷静沈着。
秀才。
逸材。
彼には色々な形容詞や枕詞が付く。
彼はそれに見合うだけの努力をずっとしている。
私では慮れないほどの努力を。
必死で目の前の問題や周囲の期待や、圧力に負けずに逃げずに闘っている、そんな人。
奏多はとても強い。
だけど誰よりも優しい人だ。
甘えてばかりの新入社員の私でも仕事や社会は甘えてばかりの生易しいもの、綺麗なだけのものではないってわかっている。
奏多が直面する世界はきっと私が想像するよりも厳しい筈。
弱音を吐かない彼を。
いつか弱音を吐いてもらえるように。
知識を身に付けて奏多の話を少しでも理解できるようになりたい。
日々闘っている奏多が、私の他愛ない話で気が少しは紛れるなら。
無力な私が重たいあなたの荷物を少しでも軽くできるのなら。
私はあなたを守りたいと願う。
それが分不相応と言われようとも。