彼の甘い包囲網
「……悪いな」


店の前に停めていた車に乗りこむとすぐに、兄が口を開いた。

私は助手席に座り、シートベルトを締めた。

車は静かに夜の街を走り出す。

柊兄が好きな洋楽が車内に流れている。


「……お兄ちゃん、奏多は知っていたの?」


ギュッと拳を握って尋ねた。

真正面を見据えながら運転する兄の横顔は強張っている。


「……楓。
悪い、今はまだ状況を確認している状態なんだ。
肝心の奏多ともまだ連絡がとれていない」


兄はグッと唇を引き結ぶ。

険しい表情が深刻さを物語る。

ハア、と兄は自嘲気味に息を吐いた。

「……楓。
有澤の言う通りだ。
お前は狙われている」

世間話をするようにアッサリと手の内を明かす兄。

いつも通りの兄の運転。

穏やかな洋楽が流れる車内。

「……楓。
奏多をどう思ってる?」

「え、な、何で?」

「奏多はお前に本気だ。
これから先、奏多は絶対にお前を手離さない。
何が何でもお前を囲い込む。
……有澤にお前が何処まで何を聞いたかわからないが、奏多にとってお前という存在は絶対的なもので弱点なんだよ。
……そんな女は今まで奏多にはいなかった」

兄は淡々と話す。

「お前も知っているだろうが蜂谷グループは巨大だ。
そのグループを近い将来担う奏多の動向は世界中から注目されていると言っても過言ではない。
それこそどんな手を使っても縁続きになろうとしている輩は掃いて棄てる程いる。
だから敢えて奏多は『特別』をつくらなかった。
狙われることがわかっていたからだ、自分も相手も。
……お前は奏多のアキレス腱なんだ」

感情の籠らない声で呟いて、兄は黙った。

兄として妹を憂うというより、奏多の側近としての顔で。


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