彼の甘い包囲網
「……だから、何」


我ながら可愛くない反応。

玄関から真っ直ぐ続く廊下に夕日が差し込む。

開け放たれたリビングの窓から湿った風が入り込む。

レースのカーテンが翻る。

兄の顔に落ちる影。


「何に対しても誰に対しても執着しなかったアイツが唯一、執着したのがお前だよ」

言葉が出ない。

「お前、わかってる?
アイツがお前に会う時間をつくるために、どれだけ無理してきたか。
四年で帰国したのも、お前のためだぞ。
本当はもっと長い予定だったんだ。
飄々としているように見えて、アイツはすっげぇ努力してるし、蜂谷家の責任を果たしてる」


そんなの、知らない。

だって言われていない。


「……お兄ちゃんは私にどうしろって言うの?」


不機嫌な声が出た。

そんな私の反応を知ってか知らずか、柊兄は先を続ける。


「お前は妹だし、奏多の肩をもつわけじゃない。
ただ、せめてアイツの気持ちや立場を考えてやれよってことだよ。
お前、奏多のこと、好きなんだろ?」


普段人をからかってばかりのくせに、兄はこういう時だけ避けきれない直球を投げてくる。


「……わからない」

「はあ?!」

「……だって!
何も言われてないし、そもそも奏多が何で私に待ってろって言ったのかもわからない!
……いきなり考えろって……どうしろって言うの!」


捲し立てる私に。

兄は厳しい表情を緩めて困った笑みを浮かべた。

それから。

ピン、と私の額を人差し指で弾いた。


「……不器用だな、お前ら二人とも。
馬鹿馬鹿しくなるわ。
……奏多も奏多だけど、お前ももう少し自分の気持ちに素直になれよ。
踏み込まなきゃ何も手に入んねえぞ」

これだからガキ同士は、と言いながら柊兄は私の横を通り過ぎて自室に戻っていった。

「……だから、どうしろって言うのよ……」


零れた言葉は、薄暗くなった廊下に吸い込まれて消えていった。
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