彼の甘い包囲網
「……何で言えなかったんだろ……」

「女の意地?」


人気のない大学の中庭で、一人呟いた私の言葉に返事が返ってきた。

「……っ、紗也!
何で!」

「悩んでるときの楓は大体ここにいるでしょ。
お弁当持ってきたから一緒に食べよう」

「そうそう。
今が昼休みってわかってる?
朝からボウッとしてたでしょ?
様子がおかしいなんて誰でもわかるよ」

ペットボトルの水とお茶を三人分抱えて鈴ちゃんもヒョコ、と顔を出した。

テキパキとビニル袋を敷いて、ランチスペースを作った二人は私に座るように促す。


最近になって少し涼しさを感じるようになった風がゆったりとそよぐ。

頭上には心地よい秋晴れの空が広がっている。

思わず掴みたくなるウロコ雲が空に浮かぶ。



「おじさんの転勤の話よね?」

ランチボックスを開けながら紗也が言った。

「いきなりだから悩むよね」

イタダキマス、と手を合わせて鈴ちゃんが私に気遣わし気な視線を向けた。

コクリ、と頷く私。

「本当はね、答えは出てるの。
今から引越しをして、新しい学校や友人に慣れて……ってそれはそれで楽しいことも多いだろうけど……やっぱりこっちで紗也や鈴ちゃんや皆と卒業したいなあって思う気持ちが大きいの」

「まあ、今更引っ越しってキツイよね。
私は無理」

ゴクリ、とペットボトルの水を飲みながら鈴ちゃんが言った。

「私も楓の立場だったらやっぱりここにいたいって思う」

紗也は卵焼きを頬張る。

「でもそれだけじゃないよね?」

私の方は見ずに続ける紗也。

さすが、親友。

私の気持ちはお見通しだ。

苦笑して私は頷いた。

「え?
どういうこと?」

キョトンとする鈴ちゃん。

「蜂谷さんのことよ。
引き留められたんじゃないの?」

紗也の言葉にこれまたコクンと頷く。

「……行くなって言われた」

「キャーッ!
流石、蜂谷さん!
女の子が言われたい言葉をわかってる!」

両手を頬にあてて、興奮気味の鈴ちゃん。

「……そうなんだけどね……」

対する私は自嘲気味に笑った。
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