彼の甘い包囲網
「私、お兄ちゃんと残るよ」


その日。

珍しく家族全員が揃った夕食時に私は決意を口にした。

予想をしていたのか、一番最初に兄が冷静に返事をした。


「ふうん」

いつも通りの言い方が妙に私を安心させた。

「え、ちょっと待って。
楓、それって、こっちで卒業するってことよね?
大丈夫なのかしら……」

少し狼狽えるママ。

「……楓はそれで本当にいいのか?」

ゆっくりと問うパパに私は力強く頷いた。

「決めたの。
就職もこっちでしたい」

「わかった。
じゃあ、そうしよう。
今後のことはママと相談するよ」

優しく受け入れてくれたパパの言葉にホッとした。

夕食を終えて、スッキリした気分で自室に引き上げようとした私に廊下で兄が声をかけた。

「俺の予想通りだったな」

「え?」

デニムのポケットに手を突っ込んだまま、兄は私に尋ねた。

「アイツは今はまだ自由に動いているけど、来年には完全に仕事に忙殺されてくるぞ。
今とは生活環境も接する人間も変わってくる。
お前ら二人の関係はこのままで本当にいいのか?」

「……そう、だね」

俯く私に。

「俺が口出しすることじゃないだろうけど。
……奏多とは一度きちんと話せよ」

ポン、と私の頭に手を置いて兄は自室に引き上げた。

部屋に戻った私は、奏多に引っ越しはしない旨を伝えるメッセージを送った。

奏多からの返事はすぐに来なかった。



それから一週間程が過ぎて。

私の周囲は俄に忙しくなった。

結局落ち着くまで、パパは単身赴任をすることになり、

ママがこちらと札幌を行ったり来たりすることになった。

勿論休暇が取れた時等はパパも戻ってくることになっている。

柊兄と私の生活は劇的に変わることはなかった。

< 74 / 197 >

この作品をシェア

pagetop