彼の甘い包囲網
「い、意味がわからない!
これってけ、結婚する人が書くものでしょ?
何で奏多と私が書くの!」

思わず立ち上がって叫ぶ。

動揺し過ぎて目の前がチカチカする。


「そう、だから。
俺とお前」


全く動じない奏多。


「何の冗談……!」

「冗談、なんかじゃない」


スッと立ち上がった奏多は。

そのまま私をギュッと胸に閉じ込めた。

フワリ、と香るシトラス。

速い鼓動に熱い体温。

いきなりの出来事に頭がついていかない私の両頬を奏多の大きな手が包み込んで上向かせた。


「俺は本気だ。
本気でお前と結婚したい。
……ずっと考えてた」


ドクンッ……!

私の心臓が一際大きな音を立てた。



苦しそうに歪めた綺麗な瞳。

引き締めた口許。

切な気な表情から漂う色香に状況を忘れて見惚れてしまう。

真剣な眼差しに声が出ない。

身体から力が抜ける。

喉がカラカラになる。

手が震えて冷たい。


「今回のことで思ったんだ。
これからもこんなことがあるかもしれない。
……その度に俺は怖くなる。
楓が決めた進路や生き方に異論を唱えるつもりはない。
ただ、俺から離れることは許さない、耐えられない。
だから、これを書いて」


言っている内容は自分勝手でメチャクチャだ。

なのに悲痛さえ感じる声音はどこか弱々しくて。

切なさが漂う瞳は私に抗う術を奪う。
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