俺様外科医に求婚されました



でも、変わらないものもあれば変わったこともたくさんある。

この家の一室に住まわせてもらうようになった頃は、母はまだ初期から中期程度の認知症で。

普通に会話のやり取りも出来ていたし、一階のリビングで伯父さんや伯母さん、小春ちゃんと笑い合っている母を見ていると、ふとした瞬間には病気のことを忘れてしまえる時もあった。


伯父さんも、伯母さんも、小春ちゃんも。
みんな優しかった。温かかった。

母のことを思って親身になって病気のことを調べてくれたり、通院の時には率先して協力してくれたり。

昼間は仕事で家にいない伯父さんや、学校でいない私の代わりに、少しは気晴らしになるからと伯母さんは毎日母を散歩に連れ出してくれていた。

伯母さんは、母と私にとって一番身近な理解者であり、救世主のような人だった。

心底、感謝しかなかった。



でも、時間は残酷だ。

そんな救世主のような一番の理解者だと思っていた伯母さんも、母の変化と時と共に…変わっていった。


認知症は、100人いれば100通りの症状がある。
進行のスピードも、10年ゆっくり進む人もいれば、急速に1年で変化していく人もいる。
現れる症状も、またそれぞれ違う。

そう。それぞれなはずなのに。
母の認知症は、残念のことに進行がとても早かった。
脳の萎縮もあり、症状が進行していくごとに母を取り巻く環境は目まぐるしく変わってしまった。


伯母さんは母へのあたりが強くなり、口調や接し方がきつく変わって。
小春ちゃんも、最近は母を見る目が冷たく感じるようになった。


でも、何も言えなかった。
仕方ないと、諦めていた。


何故なら、最近の母は会話も成り立たなくなったり、突然喚いたり、怒り始めたり。
買い物に行った先では万引きをしたこともあったらしく。
散歩に行くと、勝手に知らない人の家の玄関を開けて入ろうとしたこともあったらしい。

そんな母を付きっきりで見ていたのだから、変わってしまうのも仕方ないことなんだと思う。

わかっている。
ちゃんと、わかっている…つもりだ。


でも。行き場のない思いで胸がつぶれそうになる時がある。

誰も悪くない。

母も、伯母さんも、何も誰も悪くないのに。


…どうしてこんな風になったんだろうって。
誰かを責めたくなるような時もあった。

< 159 / 250 >

この作品をシェア

pagetop