たとえ嫌だと言われても、俺はお前を離さない。
電気を点け、明るくなった部屋に彼を通す。私がバラの花束を花瓶に生けている間に、彼には適当に座っていてもらっていた。

花瓶に生けたバラ達も、とっても綺麗。好きな人に誕生日プレゼントでバラをもらえるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう……って。


「怒っていたんじゃないんですか?」


部屋に戻った私は、彼の隣に腰をおろしながらその質問をぶつけた。あの表情、絶対に私に対して怒っていた。だって睨んできたのだ。挨拶だって返してくれなかった。

それなのに彼は、

「怒る? 誰が誰に?」

ときょとん顔だ。どういうこと? 私は部長をどうして怒らせてしまったのか一日中悩んでいたのに。


「……あ」

不意に、部長が何かを思い出したような声をあげる。


「悪い。もしかして今朝のことか?」

彼にも思い当たる節はあったようだ。私は素直に「そうです。睨んできましたよね」と返す。
すると。


「違うんだ。今朝営業室で、うっかりコンタクトレンズを落としたんだ」

「え?」

「目を細めていないと何も見えないんだ。擦れ違った人が誰なのかも分からない」


……嘘。じゃああれは睨まれていた訳じゃなくて、相手を識別するために目を細めていただけ?


「じゃあ挨拶を返してくれなかったのは……」

「悪い。目をこらすのに集中しすぎていた。予備のレンズがロッカーにあったと思ったんだが、それも見つからなくてな」

予備? あ、じゃあ営業の先輩と話していた『予備はありましたか?』『いや、見つからない』っていうのは、コンタクトレンズのことだったの?
< 72 / 74 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop